57・雇い主の居場所
結局、敵はあれで終わりだった。
やってきた警備兵達はセイネリア達の姿を見て声を掛けては来たが、辺りの惨状をみると皆引きまくって怯えた。その反応が本当にここの警備兵であるとも言えたが、彼等は彼等で警備隊長もドートーも見当たらない事で相当に困り果てていたところだったらしい。ここに気づかなかったのも指示する者がいないせいで、『最悪の場合でもとにかく建物に侵入者を入れるな』と予め言われていたそれに従っていただけらしい。
とりあえず死体も、瀕死の奴も、そうでない奴も、やってきた警備兵に回収しては貰ったものの、彼等の憔悴ぶりは気の毒なくらいではあった。
ちなみに一応ドートーが治癒役として雇って待機しているリパ神官もいる事はいるのだが、とてもではないが手が足りていないという事で連中を受け渡す際に生きてる者にはゾーネヘルトが命の心配をしなくていいくらいまでは治してやった。それで終わらず老神官は、もう敵が来そうにない様子を見て治癒役の手伝いに行くと警備兵について行った。
「それにしても一体、ドートーは何処に行ったんだ? 無事だよな?」
疲れ切った様子の警備兵達が去って行くのを見てセルパが言えば、ディタルが重い息を吐いて言う。
「状況的に無事とは言い切れないかもしれない」
だがセイネリアはそれにあっさりと返した。
「まぁ、おそらくは無事だろ。まだな」
「何か知ってるの?」
即座に聞き返してきたのはアンナだが、セルパもディタルもこっちを見ている。
「むこうのユラドの連中だがな、ここに入るために一人を除いて騎士団員に見えるように魔法使いに魔法をかけてもらったそうだ。それで怪しい奴を捕まえたから主人に知らせて欲しい……と門番にいって、ドートーからの指示があって中に入ったらしい」
「捕まえた連中の顔が途中で変わったのはやはり魔法使いのせいだったのか?」
聞き返してきたのはディタルだが、彼にしては空気が読めない発言だ。しかもここで、面倒だから戦闘中は隠れて貰っていた魔法使いが出てきた。
「そうだ。私が掛けていた」
「え?」
「魔法使い……なのか?」
「それよりそれが魔槍だろ、見ていいか?」
魔法使いはディタル達を無視して地面にある魔槍の方へ行こうとするから、セイネリアも流石に苛立ちを露わにして言う。
「勝手に見てろ。で、魔法使いの事は後で説明するから、今はドートーの話だ」
嬉々として魔槍の方に行った魔法使いは杖を取り上げてあるし、何かあっても即行ける範囲だから放っておいてもいいだろう。一方、そっちに気を取られそうになっていたディタル達も、セイネリアが睨めばさすがに真剣な顔でこちらに注目した。
「ここで重要なのは、ユラドの連中はそこでちゃんとドートーに取り次いでもらって、ドートーに連れてこいと言われてから中に入ったという事だ。つまり、その連絡をうけてドートーは捕まえた人間を見るために部屋から出た。しかも用件が用件だけに警備隊長を連れていった可能性も高い」
「確かにドートーの部屋に行った時、そこの警備兵からドートーは正面玄関に行くと言って出て行ったとは聞いた」
「なぁるほどねぇ、向かっている途中で警備隊長ごと捕まっちゃったって事ね」
どうやらディタルは一回ドートーのところへ行ったらしい。その時のことについてもう少し話を聞きたいとは思ったが、アンナがすぐに聞いてきたから後にする。
「で、じゃぁそれで何故、ドートーが無事かなんてわかるの?」
「それはこのクリュースの法律的に、死人に口なしという事になっているからだな」
彼等はセイネリアのその答えの意味が分からずにそれぞれ顔を見合わせる。まぁ、残せる程の財もない一般人はあまり分かってなくても仕方ない。
「死者は被害届も出せないし犯人を訴える事も出来ない。ただドートーの財産は死んだ時点で相続人のものとなるから先にドートーが死ぬと相続人が被害届を出せる。逆に彼女が攫われた後でドートーが死ねば誰も犯人を訴えられない。攫った奴は堂々と彼女を自分のものとして傍における」
勿論、貴族はそもそも違う法律になるから別だが、一般人に対しては死んだ人間の被害届けまで調査してられるかという事になってる。ただそれでも強奪からの殺人がそこまで起こらないのは、法律で裁けないだけで報復はいくらでも出来るからだ。
「ならさっさと殺しといて、彼女が攫われたって聞くまで死体を隠してりゃいいだけじゃないか?」
セルパがそこまで考えられたのには少しばかり感心するが、勿論それで済む訳はない。
「その後絶対に彼女を攫うのが成功するならな。殺した後で彼女を攫えなかったらいずれ隠しきれなくなるだろ。ドートーがずっと見つからない場合は姿を消した時点の財産で権利が一時的に移るから意味がない」
「あー……」
逆にドートーの相続人に彼女を譲るようにすでに話をつけてあるならドートーが先に死んでいても構わない訳だが、それならドートーが姿を消した時点ですぐ死体がみつかっている。
ドートーもおそらく冒険者登録はしてあるだろうが、商人は『戦闘可能な者』という分類には入らないから殺せば罪にはなる。そのリスクを考えれば、現時点で死体が出ていないのなら殺す気がまったくないか、彼女が攫われたと皆が騒ぐまで殺すのを待っているかだろう。
「で、ドートーが生きてるとして、どこにいるんだ?」
やはりこの男は頭が悪い――それを知っていたらすぐに助けにいくなり警備兵に指示するなりするだろう、という質問をしてくるのがセルパだ。
「それは探すしかないな。まずは門番に外へ出ていった奴がいるか聞いて、いなければ敷地内にはいる筈から全員で探す事になる」
ただもし外に出て行ったのなら外で待機しているワラントの手の者が気づく可能性が高い。そうなればカリンからセイネリアに連絡がある筈だ。そもそもこの状況では、いくら指示がなくても余程の理由がない限りは門番も門の外へ人を出すとも思えないが。
そこでセイネリアは思い出す。
「ディタル、ドートーの部屋に行った時の事を聞いてもいいか?」
「あ、あぁ、構わないが……部屋の警備兵は何も伝えられてはいないみたいで、ただ困っていただけだったよ。なので俺はドートーが向かったという正面玄関に行ったんだが、そっちはそっちでこっちには来ていないって言われてしまってね」
ならばやはり途中で攫われたと考えていい。
「それで、捕まえた人間を見張ってると聞いてロッダ殿のところに行ったんだけど、彼も見張りを頼まれただけで分からないと言っていて……」
「ロッダ?」
わざわざディタルが名指しで言っているからただの警備兵とは思えないが、名前に聞き覚えがなくてセイネリアは聞き返した。
「ドートーの護衛をしている彼の名だよ」
それでセイネリアは一瞬目を見開いてから自分の馬鹿さ加減に呆れて笑った。確かにあの男の名は聞いていなかった。そしてドートーと警備隊長がいなくなったと聞いた時点で、彼は倒されたか一緒に消えたかだと勝手に思い込んでいた。
「おい、魔法使い」
呼ばれて、魔槍のところにいた魔法使いは忌々し気に顔を顰めてこちらを見て来た。距離的に今の会話は魔法使いにも聞こえていた筈だ、ならその反応だけで確定だろう。
次回は一旦部屋に帰ります。