55・本来の役目1
空はまだ暗いがほんの僅かに青味を帯びて、太陽が地上の近くまで昇ってきた事を知らせている。騒ぎが収まった中庭はたまに兵が走っている音や誰何の声は聞こえるが、賊を探して駆け回る緊張感はもうなかった。
嵐の前の静けさ、という奴だなとセイネリアは思う。
セイネリアはユラドの連中を助けた後、縛った連中から聞けるだけの情報を聞いた。その際、ディスティナンに通じていたユラドの男は仲間や姫君に説得されて自分が間違っていたと謝罪し改心した……という事にはなっていた。ただ状況的にならばとすぐ縄を解いて自由にするのも難しく、そこでセイネリアは縄を解く代わり、そいつに一つの役目してもらう事を提案した。
やる事は簡単だ、残った向こうの連中に接触し、セイネリアがルーテアを連れて隠れた事、そしてその隠れた場所――つまりここだが――にいると知らせる。
どうやらディスティナンを含めゲームをしている商人の手の者達は、屋敷に潜入中も連絡を取り合い、情報交換をしていたらしい。だからその情報交換のために決めてある場所へいけば、残りの連中と会って向こうに情報を流せるという事だ。先ほどのはディスティナンの連中が協力者達を出し抜こうとして単独でやってきたようだから他に情報が行っていなさそうだが、そこへ行けば他の連中と連絡が取れると言われているらしい。
だからディスティナンと繋がっていた者にはそこへ行ってもらった。そいつには戻って来たとしても基本的には戦力として使わず、ジーナと共に見張りをするよう言ってある。
セイネリアとしては、残った奴等を全員まとめて始末するのが狙いだった。戦力的にはパーティーの連中がくるまでは一気に来られたら厳しいかもだが、どうにかなると思ったから彼女本人に釣り餌役をしてもらう事にした。一応こちらの戦力的に厳しければ彼女を隠す事も考えてはいたが、外なら槍を呼ぶという手が使えるのが大きい、相当の数が来てもいざとなれば相手出来る。
それに彼女本人を守っているからこそ、戦力として使える連中がいる。
「まだ捕まっていない者達はどれくらいいるのだろうか……」
呟くくらいの小声でアードがそう言ったから、セイネリアは振り向いた。
「さぁな。ただ連中の中でも主要な奴等は早い段階で仕掛けてただろうし、まだ残っているようなのはそいつらに遠慮してた雑魚の可能性が高い」
「貴方基準で雑魚といわれても……」
「ヤバイのは俺が受け持つ、あんたには面倒な雑魚共を頼みたい。大事な姫君のために戦うんだ、期待していいんだろ?」
その言葉に込められた皮肉に少し黙ったものの、彼は大きく息を吐くと落ち着いた動作で剣を構えた。
「勿論。本来の役目だ、死ぬ気で果たす」
彼を戦力として使えると確信出来たセイネリアは視線を中庭の方に向けた。ここは木の影から出れば彼女の部屋の窓がよく見えるが、建物からはかなり遠い。警備の指示が届かず混乱しているのもあるが、警備兵達がこちらを見にこないのはその遠さのせいが大きい。ただ建物から見て風下であるから音――つまり歌は聞こえやすい。
ここを隠れ場所にしてくれただけで、カリンからアードに敷地内の情報を流しておいたかいがあるというものだ。
気配を感じる。
複数の人間がこちらに近づいてきている。足音を消している段階で警備兵ではない。じっと正面を見つめていれば、遠くに一瞬、人影が見えた。まずは2人、だが馬鹿正直に正面からなんてやってこない、左右に分かれて暗闇から暗闇を伝ってまわりこもうとしているようだ。
「カリン」
彼女には名を呼ぶだけで、セイネリアは後ろ腰からナイフを抜くと横、アードがいる側へ回り込もうとするそいつに向かって投げた。
足音を立てなかった相手が、そこでざっと音を鳴らす。足に当たりはしなかったが、足元の地面に刺さったのを反射的に避けようとしてしまったのだろう。
それとほぼ同時にカリンもナイフを投げていた。彼女の方も当たらなかったが、向こうの足を止める事には成功していた。
どちら側の敵もそのせいで気づかれたと分かったらしく、そこから即こちら側に向かってくる。それをカリンとアードが迎え撃つ。両脇で高い金属音がなり、火花が散る。だがセイネリアはそれをちらとも見ずに前を見ていた。
――3人か。
前から新手が来ている。それだけではない、ジーナが鏡を細かく揺らして注意を促してきているからその後にもまだ来ている。セイネリアは槍を呼んだ。
次回はこのまま戦闘へ。