54・途方に暮れる面々
ドートーの大事な奴隷ルーテアの部屋にいる面々は、正直な事をいうと途方に暮れていた。なにせ現状ここには守るべきそのルーテア自身がいないのだから彼等がいる意味がない。かといってセイネリアが彼女を連れてどこに隠れているのか分からないのだから動きようもない。
彼のせいではないと分かっていても、セイネリアに向かって、どうしろっていうのよ、と内心アンナは文句を言いたくなる状況だった。
とはいえさすがに、こちらの面々も何もやらずにその場でただぼうっと待っている訳ではなかった。
「問題はこいつが偽物だったとして、本物は何処にいるかって事なのよね」
アンナはそう言って縛られているドートー(に見える)人物を睨む。それにディタルが力なく、まったくだね、と呟いた。
偽物を捕まえた事、セイネリアが彼女を連れて一時的に隠れている事――それらをいつまでも黙っている訳にはいかないだろうと、実はディタルが先ほどドートーの部屋まで報告にいったのだ。だがそこにドートーはいなかった。部屋に残っていた警備兵に聞けば、怪しい人物を捕まえた騎士団員が来ているという報告を受けてドートーは正面玄関に向かったという。それで今度は1階に行けば、かろうじて門番はいるものの他の警備兵は皆侵入者を探している最中で、勿論ドートーは来ていないと言われたそうだ。
仕方なくディタルは部屋に戻ってきたものの、屋敷の中、あれだけ配置されていた兵士の姿は明らかに減っていたらしい。しかも皆、指示がなくて困っているような状況だったそうで、勿論彼等に聞いてもドートーの居場所は分からなかったという。
「まったく、どうすりゃいんだよっ」
お手上げだ、と両腕を放り上げてセルパが怒鳴る。
「警備の連中だって敵かもしんねーんだろ? どうやって見分ければいいんだ?」
だがその声には、落ち着いた老人の声が返す。
「もしかしたら、それはもう気にしなくてもいいのかもしれねーぞ」
「どういう事だ?」
その場にいたパーティーメンバーが一斉にリパ神官の老人を見た。彼は縛り上げた連中の前にしゃがんでいる。
「ほら、見てみろ。顔が変わってる」
老人の目の前にいるのは、例のアッテラ神官……だった筈の男だ。顔を見て誰だ、と思うくらい、顔が別人になっていた。しかもそれはこの男だけじゃない、偽物の警備兵として縛ってある連中は皆、捕まえた時と顔が変わっていた。
「つまり……化けの皮が剥がれたってことぉ?」
「そんな感じかね。顔が変わる魔法でも掛けてたんだろ。だからその兄さんも見知った顔だと思ったんだろうさ」
ゾーネヘルトが最初からここへ配置されていた警備兵を見れば、彼はこくこくと頷いた。それで人知れず警備兵に紛れる事が出来たのかと納得はするものの、納得し難い部分もある。ディタルがそれを口に出した。
「そんな魔法があるのか?」
「知らねーけどな、魔法使いならあり得るだろ」
魔法使い、と聞いてその場の面子の額に皺が寄る。魔法使いというものは基本的には一般人に関わってこないものという認識で、だからこそ関わってきた場合はただただ面倒としかいいようがなく、対処の仕方が分からない。なにせ魔法使いというのは『得体が知れない』からだ。
「彼女の国の人間以外は、偉い商人さんの手下とか国外の連中なんでしょ? 彼女を狙ってるのって」
アンナがディタルから聞いているのはそこまでだった。詳しい事情はことが終わってからセイネリアが説明してくれるらしい。
「金のある商人なら……魔法使いを雇う事も出来るんじゃないかな」
「そういうの出来るのって、王族と、いいとこ貴族様くらいまでじゃない?」
「ま、可能性の話ならなんでもあるだろ。あっちに魔法使いがついてるならそうだと思って行動するしかねぇよ」
揉めたという程ではないが、ゾーネヘルトがそれで話をぶった斬ってアッテラ神官の髪を掴んで顔を上げさせた。
「おい、ヴィンサンロア信徒の連中ががんがん術使ってたのはお前が協力してたからか? で、お前らの顔が変えられてたのは魔法使いが仲間にいるからなんじゃねぇか?」
さすがにそこであっさり白状とはならない。
だがゾーネヘルトは人の悪そうな笑みでアッテラ神官の男の顔に顔を近づける。
「なぁ、お前さんが捕まってからどれくらい経った? 仲間が無事ならそろそろ助けがこなきゃおかしいよな? それがないってこたぁてめぇらの悪だくみは失敗して、もう皆捕まるか逃げるかしたってこたじゃねぇかね。つまりな……お前らは失敗した、助けはこないからさっさと諦めて正直に話せや、って事だ」
アッテラ神官の男は老神官を暫く睨んでいたが、大きく溜息を吐いたあとで目を逸らして呟いた。
「そうだ。全部あんたの言った通りだよ」
ゾーネヘルトが顔を上げて得意げに皆を見る。ちなみにこのリパの老神官は、黙っていれば穏やかそうな好々爺なのだがしゃべり出すと口はかなり悪い。だからこそ普段、特に仲間以外の人間がいるところではあまり話さないようにしているのだ。
「魔法使いかぁ……でもあの男は顔変えてても分かるみたいじゃない?」
セイネリアは使用人に成りすましていた者を見破ったらしい。どうして分かったのかまでは聞いていないが。
「何かへんなところがあるのかな」
「どうだろう?」
ディタルとセルパは首をかしげる。そのタイミングで、部屋に近づいてくる足音に気づいて皆の視線は廊下に向かう。
「あの、ディタル殿、はいらっしゃいます、か?」
おそるおそる顔を出したのは警備兵で見た事もある顔だ。一瞬皆で顔を見合わせたが、すぐにディタルが前に出ていった。
「ディタルは俺だが、なんだろう?」
警備兵はそれで姿勢を正すと小さな紙を差し出した。
「セイネリア殿からこれを渡すよう頼まれました」
ディタルは受け取って、紙を開いて見ると顔を顰めた。
「何が書いてあるの?」
「何が書いてあるんだ?」
アンナとセルパが同時に聞く。ディタルは困った顔でその紙を開いたまま2人に向けるとため息交じりに言った。
「残った賊を集めるからここへ来いってさ」
次回からはセイネリア側で戦闘……ですが、次話は戦闘に入るとこまでいくかな。