53・敵を待つ
空はまだ真っ暗で、夜明けまでは時間がある。
ただ中庭の騒ぎは大分落ち着いてきていて、普段の夜より必要以上にあちこちが明るいくらいで騒がしい音はもう聞こえてこない。
「大分静かになったな」
周囲の様子を見てセイネリアが呟けば、元の姿となった女魔法使いが偉そうに言う。
「そろそろ術が解ける。大半の連中は掛けなおしの時間だからな」
セイネリアもそれで彼等の事情を察した。
「なるほど、貴様が掛けなおしをしないから姿がもとに戻って身動きが取れなくなったという訳か」
「そういう事だ。今は1日くらいはもつからな、毎晩掛けなおしていた」
「なら貴様はかなり前から屋敷に潜り込んでいたのか?」
「そうだ、裏口の記録員としてな」
あの場で約束した通り、捕まったあとの魔法使いはやけに協力的だった。魔法使いが元の連中を見限るだろうところまでは予想していたが、ここまであっさり寝返るのは気味の悪さも感じるくらいだ。
「随分ペラペラと喋るんだな」
だからつい、嫌味込みでそういえば、魔法使いの女はやけに冷静な声で分析するように言った。
「言っただろ、私は別に奴らに従わねばならない義理はない。ただ面白そうだし、私も試したい事があるから乗ってやっただけだ。それにどうみてももうゲームオーバーだからな、これ以上付き合っても無駄な労力という奴だろう? ならさっさと終わりにしてもらった方がいい」
男勝りな口調が示すように、この魔法使いは着飾る事にはまったく興味がないらしい。服装は魔法使いらしいローブではあるが飾り刺繍がなく丈も短めで、下はズボンにブーツという魔法使いというより男の神官枠の冒険者のような恰好だ。女魔法使いがよくやっている魔法文字らしい入れ墨や装飾具の類もない。髪は無頓着に伸ばしたものを後ろで一つにまとめているだけで、顔を見なければ女だとも気づかないくらいだ。
「それに、お前を見たからな」
魔法使いが唐突にそう言って、含みのある笑みをうかべてこちらを見てくる。
「お前自身は珍しいくらい魔力がない。なのに強い魔法を感じる……お前、魔剣を持っているだろ?」
「剣ではなく槍だ」
隠す気もないからそう答えれば、魔法使いは目を輝かせる。
「やはりそうか。なら、見せてもらう事は可能か?」
「今は無理だ」
「ならあとでもいい、見たいだけだ」
「……気が向いたらな」
魔槍に対してこの反応を示すところからして、連中の計画よりもこちらへの興味の方が勝ったというのもあるのかもしれない。どちらにしろ、従う義務も、助ける義理もないのなら、計画が失敗した段階でやる気を失くしたのが一番大きいのだろう。
ただこの状況で『あとで』なんて言ってくるあたりが魔法使いだとは思う。たとえ何かの犯罪に関わっていても、魔法使いは普通の法律で裁かれる事はない。どんな凶悪犯罪者であっても、魔法使いなら魔法ギルドに身柄を渡して終わりだ。
だが逆に魔法使いを殺したとしてもそれで罰せられたという話も聞かない。いやそもそも魔法使いが殺されていたという話も聞いた事がないが。奇妙とも思えるのは神官と違って魔法使いは『戦う』能力がある者に分類されるから、基本的には諍いの末に殺したとしても法律的に問題ないのだ。正直、魔法使いを保護したいのかどうか分からないところではある。
「もしあんたが向こうに義理立てて、俺に殺されたらどうなっていた?」
だから疑問をそのまま相手に聞いてみる。勿論ここで向こうが話す事を拒否したらそれはそれで構わない。
「どうとも。誰かが私の死体を回収しに来て終わりだ」
「なんだ、魔法ギルドから制裁をしに来る者がこないのか??」
そこで魔法使いはまるで、何を言っているのだ、といわんばかりの顔で言ってくる。
「ないな。私のこれがギルドからの仕事だったのならともかく、役名も持たない魔法使い一人が死んだ程度でギルド側が動く事なんてまずない」
なら犯罪を犯した魔法使いをギルドが引き取るのも別に魔法使いの保護のためではなさそうである。死体を回収するところからして、魔法使いというものを調べられないようにするためなのかもしれない。
「それは残念だ」
そう返せば、魔法使いはこちらを珍獣でも見るような目で見てくる。
「本気か?」
「本気だぞ。魔法使いがどんな戦い方をするのか見てみたいじゃないか」
笑ってみせれば魔法使いは溜息をついて肩を竦め、縛り上げてある連中の方へ歩いていく。魔法使いは杖をこちらに預ける代わりに拘束を解いていた。見たところ話しをしているだけだから大丈夫だろう。
「セイネリア様」
魔法使いが離れるとほぼ入れ替わりのようにカリンがやってきたが、彼女はそのまま傍まで近づいてきて耳打ちしてきた。
「例の者が残っていた連中に接触したそうです」
「そうか」
セイネリアは剣を抜くと、話をしている他の面々の方に向かって言った。
「もう少ししたら来るぞ、準備しておけ」
こちらを見る連中の表情が強張る。場の空気が一気に緊張につつまれて、それぞれが戦闘の準備をする。こちらの戦力はセイネリアとカリン、それにユラドの連中3人。ただ実質戦力として数えられるのはユラド側はリーダーの男一人だけで、そいつとセイネリア、カリンの3人が前に出て敵を迎え撃つ事になる。残り2人は姫君の周りについていてもらう事にした。
連中があと何組、何人残っているかは分からない。だがいざとなれば槍も呼べる、負ける気は全くしなかった。
次回はまたディタル達側の話。