52・やってきたのは
セルパが彼女のいた部屋に入ってすぐ目に飛び込んできたのは、仲間が全員無事で治療を受けている姿だった。
それに心からほっとして、ドアの前で呆然と……目を潤ませて立ち尽くしてしまった彼は、気づいた面々から声を掛けられて表情をくしゃりとした笑顔に変えた。
「セルパ、どうしたんだ?」
「彼女はどうした?」
仲間の無事な姿で頭が一杯になっていたセルパだったが、ディタルから彼女の事を聞かれて急いで表情を引き締めた。
「あ、あぁ、彼女はセイネリアが連れていった。このまま部屋に連れ戻しても次の敵がくるだけだから暫く隠れるってさ。敷地内にはいるって言ってた。あぁあと、契約はちゃんと守るから安心しろって。で、あとは……それをドートーにはうまく言っておいて欲しい、って、これはディタルに」
ディタルはそこで溜息と共に頭を押さえた。
「うまくって……どういえば。……だけどこのまま部屋にいたほうが危険な事は確かだね。彼を信じるしかないか。……と、セルパ、そいつは?」
言われてセルパはそこで肩に担いでいた男を下した。
「さっき、彼女を追ってこっちに下りてきたアッテラ神官だ。こいつなら何か知ってるかもしれないっていうから連れて来た」
他の連中は警備兵を捕まえて任せてきたが、このアッテラ神官だけはセイネリアがそう言っていたからここに連れて来たのだ。
「……確かに、こいつにはたくさん聞きたい事があるかな」
「そうね、丁度良かったじゃない」
「さぁて、まずは起こすところからかね」
ディタルだけではなく他の連中がその男の傍に集まってくる。考えればこのアッテラ神官はこの部屋を守っていた皆を蹴散らして外に下りてきたのだ。腹に据えかねる思いがあって当然だろう。
ただ、そいつを起こす前にバタバタと近づいてくる足音が聞こえて、セルパは廊下の方へ振り向く事になった。
「何があった」
やってきたのはドートーと2人の警備兵で、思わずセルパはディタルを見てしまった。勿論それは、セイネリアが彼女を連れて隠れている事をディタルがどう説明するかという心配のためだ。
「彼女はどこだ、無事なのか?」
怒って部屋に入ってくるドートーを、仕方ないという顔でディタルが前に出て出迎える。ドートーは部屋の惨状と、転がっている者を見て驚いていた。
「一体何があった、彼女はどこにいるんだっ」
「無事ですが、ここにこのままいるのは危険と判断して一時的に別の場所に隠れて貰っています」
ドートーはじろりとディタルを睨む。
「隠れているだと? まさか一人でか?」
それにはセルパの顔が引きつる。今ここにいる面子を見れば、彼女の傍に今誰がいるかなんて説明する必要もないだろう。
「いえ、セリネリアが付いています」
「なんだと? ……大丈夫なのか?」
「あの男は契約違反はしないと言っていました。それは信用出来ます。それにあの男がいるなら、まず大抵の敵は大丈夫かと」
ディタルは落ち着いた声でドートーに話す。へたに誤魔化したりはしないほうがいいと思ったのだろうとセルパは思った。
「……分かった。だが私が来たからには隠れられても困る、今すぐ彼女を連れてくるように伝えろ」
「それは出来ません。今彼と連絡を取る手段がないので。大丈夫です、騒ぎが落ち着いて……おそらく朝になればここへ帰ってくると思います」
ドートーは舌打ちする。
「分かった、なら私の護衛を一人置いていくから、奴が彼女を連れて出て来たらすぐ知らせに寄越せ。それとついでだ、そいつは私が尋問するから連れていく」
言ってドートーはセルパの方……正確に言えば、セルパの前に転がしてあるアッテラ神官の男のところへこようとしたが、ディタルがやはり毅然とした態度でそれを手で制した。
「いえ、まずこちらが先に聞きたい事がありますので終わったら貴方の部屋に連れていきます」
「何を言う、私は雇い主だぞ、私の方が先に決まっている」
正直そのやりとりにセルパは驚いていた。いつものディタルなら、雇い主にそう言われたらこんな強く断ったりはしない筈だ。一体何があったのだと内心かなり狼狽えていたところで、唐突にディタルが剣を抜いて強引にこちらにこようとするドートーの目の前に突き付けた。
セルパは驚いて彼の名を呼ぼうとする。だがそれが声として出る前に、この不可解な彼の行動の理由を示す言葉が吐かれた。
「貴方はドートーじゃない、どこの手の者だ」
見ればアンナもドートーに向けて弓を構えていた。ちらとこちらを見た彼女と目が合うと、その理由を言ってくれた。
「本物のドートーなら、もっと青い顔して心配そうに彼女の事ばぁっかり気にしてる筈よ。声も少し違和感あったしぃ、寝てた筈のこぉんな時間にそんなきっちりした服装で来るのもおかしいわよね。連れてる護衛だって見た事ない顔だし。……それになにより貴方、部屋に入ってすぐ、そこに倒れてる奴見てマズイって顔したじゃない」
ドートーはまた舌打ちをした。と、思ったら後ろへ大きく飛びのいた。代わりにドートーの護衛としてきた2人が剣を抜いてこちらに向かってくる。それをディタルが迎え撃とうとしたのを見て、セルパも剣を抜いて前に出た。
つまるところ、そこにいるドートーは偽物で、彼等は倒すべき相手という事だ。
それさえ分かればセルパにとってやるべき事は決まっている。
「うおぉっ」
声を張り上げて敵に向かって剣を振り落とす。それは一旦受けられたが、向こうは完全に受け止めきれずに剣が押されて目前でぎりぎり止まっている状態だ。そこから更に力を入れて押し込もうとすれば、相手は受けるのを諦めたらしく剣を弾いて後ろへ逃げた。当然、セルパはすぐに追う。大きく踏み出して剣を伸ばす。相手は躱し切れず、剣が胸を叩いた感触が返る。防具の上だからダメージはないものの、相手は焦ってまた大きく後ろへ下がる、だが遅い。
相手が下がるより先に踏み込んでいたセルパの剣が、さっきよりもまともに相手の胸を叩いた。防具の上からとはいえ、今度はその衝撃に相手がよろけた。そこに肩から体当たりを仕掛ける。
「うわあぁっ」
見事に吹っ飛ばされた男は壁に叩きつけられた後、床に転がった。すぐに動かないから、軽く意識を飛ばしてくれたかもしれない。
「おっし、こっちは片付いたぜ」
そこでディタルの方を見れば、丁度彼の膝蹴りが相手の腹に入ったところらしく、倒れた相手を彼が支えているところだった。
「おつか……」
「待てっ」
セルパが話しかけようとしたら、ディタルは今倒した相手を床に投げてすぐに部屋の外へ行こうとする。そういえばドートーの偽物がいない――だがすぐに廊下から悲鳴が聞こえて、ディタルは廊下へ出ただけで立ち止まった。セルパもドアの外を覗き込む。
そこには、廊下の壁に貼りつけにされるように3本の矢が服に刺さったドートーの偽物がいて、アンナがこちらに手を振っていた。
ちょっと長めですが1話にしました。ディタル達の戦闘はこれで終わりかな。
次回はまたセイネリア側のお話。