48・再会1
アードがすぐに敷地内から脱出しようとせず、隠れていたのには2つの理由がある。一つは単純に、これだけ警備兵が騒いでいる状況では外へ逃げるのが難しいと思ったからだ。ただそれは、おそらく共に敷地内に侵入したと思われるカリンと接触出来ればどうにか出来る可能性が高いと思われた。だから一か所で待っていれば、彼女の方から接触してきてくれるかもしれないという思惑があった。
そしてもう一つは現在、ルーテア姫を狙ってやってきた他の連中の邪魔が出来ないかと考えていたからだった。ドートーの元にいる事を彼女が選んでいるのなら、その意志のために働くのが自分達等の務めだ。勿論それにはこちらをずっと騙してきた上、囮にしてくれた奴らに一泡吹かせてやりたいという思いもある。あとは純粋に、かつて護衛役だった彼等としては、今そこにいる彼女のために少しでも役に立ちたいという思いがあった。そして、馬鹿な連中の言葉に踊らされてここまで来て彼女に迷惑を掛けてしまった事への償いの気持ちもあった。
「あちこちで騒ぎが起こっているみたいですね」
木の影から様子をうかがっていれば、ツランが不安そうにそう言ってくる。
警備兵達が慌ただしく走り回っているだけではなく、庭のあちこちが時折光っている。この国には一般に流通している魔法道具がいろいろあるという事で、あの光達もそれらを使ったものだろう。
カリンから複数の勢力が動いているという事は聞いていたし、実際その連中も見たが、一体何組の侵入者がいるのか。そう思うくらい、庭だけでもあちこちで騒ぎが起こっていた。
そんな中、彼等の方に近づいてくる人影が2つ。
当然アードは警戒したが、その人影が影から出て月明りに照らされた事で彼は体の力を抜いた。警備兵にしては小柄だと思ったその人影の一つがカリンだったからである。
ここに待機している理由の一つが彼女に見つけてもらう事でもあるから、彼女と合流出来たのは喜ぶべき事だ。ただその後ろにいるもう一つの影は……カリンよりも背が低いからそちらも女性と思われたが、布を頭から被っているため顔が見えなかった。だがその人物が豪奢なドレス姿だという事が分かって、アードは『まさか』という思いに息を飲んだ。
いてもたってもいられず、カリンが近くまで来た段階で彼は隠れていた場所から出て行って彼女達を出迎えた。
「先ほどは、ありがとうございます」
抑えた声でそう言ってカリンに頭を下げてから、おそるおそる顔を上げてその後ろの人物を見る。顔こそハッキリ見えてはいないが、布からこぼれる金髪と布を掴む女性の手を見ただけで間違いないとアードの心が告げる。
そうしてその人物が被っていた布から顔を出したと同時に、アードは熱くなる瞳を感じながらその場に膝をついた。
「お久しうございます、ルーテア様」
最後に見た時より大分大人びて見える彼女は、間違いなく彼が今ここにいる理由である存在だった。……そして、本人であるからこそ想像通り、彼女は怒っていた。
「まさか、しようのない愚か者が貴方だとは思いませんでした、アーネイド」
確かに愚かなマネをしたというのは承知している。本物の彼女なら当然の言葉だろう。
「はい、愚かでした。言い訳のしようもございません。……ですが、貴女にお会い出来ただけでここに来たかいがありました」
「なら、納得しましたか。私は見ての通り元気です」
「はい、本当にお元気そうで……良かったです」
彼女が怒っているのは分かっていても、顔が笑ってしまって仕方がない。それなのに目は熱くて、自分の感情がどうなっているのか分からない状態だった。
そうすれば隠れていたあとの3人、ティードルとツラン、ホーツも出てきて自分の後で跪いた。ただし、それには少し問題があった。
「誰です?」
明らかに彼女の顔が強張ったのを最初アードは気づかなかった。だが、振り向いて3人の姿を見て思い出す。そうだ、今この3人はこの国の騎士団員の姿になっているのだ。
「あぁ、この3人はティードルとツランとホーツです。今はその……ここへ入るために姿を変えてみせているというか……そういう、魔法らしいです」
「はい、そうです。ツラン・ラクットレア・イーダです」
「ホーツ・ソド・クラドルです」
「ティードル・グレス・トアです。ルーテア様、お元気そうでなによりです」
アードの説明だけでは不審そうな表情のままだった彼女も、3人がユラドの言葉を話した事でどうにか信じてくれたらしい。未だに顔は不審そうに顰められていたが、それでも警戒は解いてくれた。
「そうですか……魔法、なのですね。確かにお前達3人は覚えています。顔が全然違いますが」
「疑うのでしたら触っていただければ、見た通りの恰好でない事が分かると思います」
ティードルが顔を上げてそう言った。言ったのが彼だった事で、アードは少し警戒した。
「つまり……見た目だけなのですね」
「そうです」
ルーテア姫はそこで疑うように目を細めて見て来たが、それでも近づいてはこなかった。
「いいです、信じましょう。貴方がそういう嘘を言うとは思いませんし」
アードはそこで頭を下げる。彼女が確かめるために本当に触りにこなかった事にほっとしながら。……だが、ほっとしたのも束の間、周囲に人の気配を感じて彼は手を腰の剣の上に置いた。
アード視点のこのシーンはあともう1話。