47・自分の判断
セイネリアと合流する少し前、カリンはどう動くべきか迷っていた。
アード達ユラドの連中は無事歌を聞けたようではあったが、その後すぐ帰ろうとせず屋敷内にとどまっていた。建物に近づこうとはしていないからカリンの忠告を無視しているのではないとは思うが、彼等がどうしようとしているのか分からなかった。
直接彼等のところへ行って、どうするつもりか聞く……というのも考えた。
向こうの行動が分かればこちらはそれに合わせて動ける。ここから脱出できなくて困っているのなら協力するし、まさかとは思うがここにきてやはり彼女を助ける事に決めた……なんていうのなら見捨ててしまって構わないと言われている。
ただ、あの中に確実に他の連中と繋がっている人間がいる段階で、直接聞きに行くのは躊躇われた。そういう人間がいるところへ、自分がここにいると姿を晒すのは危険だ。特にここでカリンが捕まったり警備兵に賊として顔を見られるような事があれば、主であるセイネリアに迷惑が掛かる。
「ジーナさんはこのまま彼等を見ていて下さいますか?」
「了解です」
自分についてきていた彼女にそうお願いして、カリンはセイネリアの様子を見に行く事にした。勿論、セイネリアに言われている『これ以上建物には近づくな』という範囲内、例の部屋の窓が見えるところまでだが。
ちなみに、脱出の時に助けてもらうため、エレーナとクオラには外で待機して貰っている。敷地内と外、それぞれ2人ずつで行動することで何かあった時は連絡役を使ってやり取りも出来る。エレーナは最初自分が敷地内に入る方をやると言ったが、アードと直接話す必要がある場合を考えてカリンが中に入るべきだと言った。
――ジーナさんがいてくれて良かった。
実は行動のしやすさを考えて本当は一人で中に行きたかったカリンだったが、それを言わなくて良かったと今は思う。
実行日当日の行動としてカリンが主に言われているのは、アード達の行動を確認する事、それだけだ。彼等と助けろとも、屋敷に入ってまで監視しろとも、セイネリアに接触して手伝えとも言われていない。
ただ、それらをするなとも言われていない。
つまり、それらの判断はカリンに任せられているという事だ。
命令にただ従うだけならばあそこでアード達を見ているだけでいいとは言えるだろう。だが、動かないで待機しているだけの連中をぼうっと見張っているだけというのはあまりにも脳がない。アード達に関しても、別にセイネリアには彼等を助ける意志はなく、単に殺すまでもない連中だから警告をして追い返してやれ程度の事だ。彼らが警告を無視するのならどうなってもいい。彼等に対しての優先順位はそこまで高いものではない。
主であるあの男の凄いところは、状況を先読み出来る事だけでなく、状況が変わって予想と違っていてもすぐに修正してより良い手を考えて動く事である。
状況は常に変り続ける。カリンも今の状況に合わせて動くべきだ。
今回、主にとっての最優先事項であり目的はユラドの元姫君を守る事。攫おうとしてやってきた連中を排除する事である。
ならばカリンはそのために出来る事をすべきだろう。特に指示はなくても、主が自分の手を必要としているのなら彼の役に立つのが僕としてのカリンの仕事だ。必要としていなければ余計な事はしないが、手が空いているなら必要かどうかの確認はすべきである。
カリンはユラドの姫君の部屋の窓が見える位置にある木で、外にあるランプ台の明かりが届いているものの上に登った。そこからならセイネリアが警備をしているだろう窓の下まで見える筈。そうして実際登ったところで、カリンはセイネリアが現在何者かと戦おうとしているのを見た。
相手は一人であるから、主が遅れをとるとは思えない。
だがそう思った直後、カリンは上の窓から下に長い布が垂れ下がっていて、ドレス姿の女性がその下、建物の壁ぎわに座っているのに気づいた。あれが例のユラドの姫君だというならこれは予定外の状況だ。おそらくは、彼女の部屋が襲撃されてそこから逃げるために窓から降りて来たのだとカリンは推測した。
彼女が部屋にいて、セイネリアが窓の下で警備をしている状況であるならカリンが手伝う事はない、だが――カリンは、自分がここにいる事を知らせるために鏡を取り出すとセイネリアの方に向かってかざして見せた。そのためにランプ台の明かりが届く木に登ったのだ。
彼が今、カリンの手が必要な状況ならこちらに接触してこようとするだろう。何も反応がなければアード達の方に戻ればいい。
ほどなくして、主の戦闘は終わる。勿論、地面に転がっているのは敵の方だ。
そうして、セイネリアが例の彼女を抱き上げてこちら方面に走り出した段階で、カリンも木から飛び降りた。
セイネリアはこちらの方へ走ってきて植木の影に入った後、中庭の中でも建物の入口からは遠い方へと向かった。カリンが追いついてその横につけば、彼が言ってくる。
「カリン、ユラドからの連中はどうした?」
カリンがいるのが当たり前のように話しかけてきたことが正直、カリンは嬉しかった。
「歌を聞いた後、部屋に近づこうとはしていませんが帰ってもいません。今は外塀沿いの木の影にいます。ジーナがついています」
「連中は攫う事を諦めたようか?」
「おそらく。諦めていなければ、この混乱に紛れて部屋に向かう筈です」
走りながら会話を交わしていく。その間主は前しか見ておらずカリンの姿を見ようともしない。だがそれは見て確認する必要がないからで、それが主の自分に対する信頼だという事をカリンは分かっていた。
「連中は何人だ?」
「4人です」
「信用出来るか?」
「リーダーの人間は信用出来ると思います。ただ、彼等の中に他と通じてる者が一人います」
「どこと繋がってる」
「ディスティナンです」
そこで、セイネリアが少し考えているのか間が入る。とはいえそこまで長い時間ではない。
ただその後、言われた言葉にカリンは少なからず驚く事になった。
「ならカリン、お前が姫君を連中のところへ連れていけ」
「「え?」」
セイネリアの言葉に聞き返したのは、カリンだけではなく、その腕に抱えられている彼女もだった。
ってことで、次回はユラドの連中のとこに、カリンが彼女を連れて行きます。