45・下へ2
「ここからは俺が相手する、あんたは彼女を見ててくれ」
セイネリアがそう言えば、セルパはすぐに大きく後ろへ引いた。
「おう、任せた。そいつ馬鹿力だから気をつけろっ」
なるほど、セルパは一度受けて相手の力がヤバイと思ったから避ける事に徹したようだ。ただの脳筋かと思ったが、ちゃんと自分の役割を自覚しているらしい。となればほぼ確実に強化が掛かっている、この男がアッテラ神官なのも確定でいいだろう。
「分かってる」
その言葉と共にセイネリアは敵の前に立った。片方の剣を弾かれた相手は、セイネリアが前に出た事で一旦後ろに下る。
「強化といっても2段目と言ったところか」
通常、アッテラ神官が使う強化は2段目までだという。それ以上も使えるらしいが、剣を落としたところからして普通の強化止まりだろう。どちらにしろはっきりしているのは、現状ならセイネリアの方が力で優っているという事だ。
「貴様っ」
相手はいい感じに頭に血が上っているらしく、片手だけになった短剣でこちらに突っ込んできた。強化が入っているだけあって速度自体はかなりのものではある。ただし、元が大した腕ではないとセイネリアは判断する。少なくともあの青い髪のアッテラ神官以下だろう。
ならば楽勝だ。殺さなくて済む。
セイネリアはその短剣を避けて相手の腹に膝蹴りを入れる。だが、相手は腰を曲げたものの構わず短剣を戻して斬りつけてこようとした。それを左腕の装備で受けて、セイネリアはもう一発、今度は足の裏で相手を吹っ飛ばすつもりで蹴った。
男の体が宙に浮かんで、地面に転がる。だがそれでも男は割合すぐに起き上がって、距離があいたのをいいことに剣を構えたまま軽く俯いて何かを呟いた。
――強化の掛けなおしか。それとも強化の段階を上げるか。
おもしろいから待ってやれば、顔を上げた直後に相手はこちらに向かってくる。今度は体から突っ込んできて、近づいてから足を止めて下から上へと斬りつけてくる。確実に刃の速度は上がっている、強化の段階を上げたか。セイネリアはそれを軽く体を逸らして避けたが、相手は刃が空を斬った直後両手持ちにして短剣を前に突き出してくる。セイネリアは剣でそれを受けた。
そこで一瞬、剣が止まる。こちらが刃の中間付近で受けたのにくらべ、向こうは根本で受けている分もあるが、確かにそこで一瞬だけ力が拮抗する。
アッテラ神官の男が笑った。まるで、力は互角だ、とでもいうように。
セイネリアも唇端を上げた、それから言ってやる。
「期待外れだ」
相手は目を大きく見開いたが、何かいおうと開いた口は言葉を出せなかった。その前にセイネリアが剣を押し切って相手を弾き飛ばしたからだ。更には後ろによろけていった男の足を思い切り上から踏みつけ、そこから体を蹴り飛ばす。男の体は派手に後ろへ飛んで、地面に落ちて転がっていった。さすがにこれなら起き上がって戦闘続行出来はしないだろう。
足を押さえ、無様に地面で体を丸めて唸っている相手を見て、セイネリアは縄を取りにいく。幸い先ほどアンナが落としたものがまだ残っていた。
――こいつは他の連中よりいろいろ知ってそうだしな。
現状、警備兵の方も慌ただしく動き回っていてこちらを気にする余裕もなさそうだ。となれば放っておいたら死ぬ程の怪我をさせる訳にはいかない、少なくともこいつだけは。自分で自分を治癒させるという手もあるが、魔法を使わせるのはやめた方がいいだろう。
セイネリアはアッテラ神官と思われる警備兵の恰好をした男を縛ると、先ほど倒した連中からは離したところに転がした。それからセルパと彼女がいる方に目を向け、改めて周囲の気配を探る。
――一応、今は安全か。
近くに敵の気配はない。外から来るつもりの連中はさっきので終わりだったのかもしれない。となると逆に、残った連中は屋敷の中に既に潜伏していた連中ばかりの可能性がある。そう考えれば、彼女の無事を一番に持ってきた場合、彼女を部屋に返しにいくのはやめるべきだ。
「そもそも、いると分かっている場所に置いておく方が馬鹿だな」
これが商人共のゲームだというのなら、殆どの連中がこの機会に一斉に動いていると思われる。ならこの時だけでも彼女を馬鹿正直に、彼女がいると分かる場所においておかない方がいい。セイネリアは自分のマントを取ると、彼女に投げた。
「それを頭から被っておけ」
「え? どうすんだ?」
驚いてきいてきたのはセルパだ。
「今彼女を部屋に返したら、また別の連中に狙われるだけだろう。なら暫く彼女を隠しておいたほうがいい」
ちょっと長いシーンになりまして、この「下へ」はもう一話あります。