41・可能性
『ねぇ、そっちに彼女がおりてっても大丈夫?』
アンナのその声が聞こえてきた時、セイネリア達は敵と交戦中だった。ただし、そこまで手こずるような相手ではなく、人数も3人と余程腕のいいのが混じってでもいなければどうにかなる数だった。
「あぁ、もう終わる、大丈夫だ」
だからそう返した。勿論、見た目だけで相手を判断したのではない。既に一度受けて相手の剣を見ていたからそう言えた。痛がっていたからヴィンサンロアの信徒ではないのも分かってる。
とはいえ相手にとっては明らかに馬鹿にされた言葉だったのもあって、セイネリアに対峙していた2人は聞いた途端に舌打ちをして同時に突っ込んできた。一応ただの頭に血が上った馬鹿ではなかったらしく、攻撃範囲に入る直前で左右に別れ、両脇からセイネリアに向けて剣を伸ばしてくる。だがそんなもの、こちらが一歩引いてしまえば意味はない。目標が消えて攻撃の軌道修正が必要になった敵の動きはその分遅れ、その隙にセイネリアは1人に斬りつけた。更には剣を振った勢いのままマントを相手にぶつけるつもりで体を回転させ、後ろの相手に向き直る。翻っていたマントが体に落ちた時には、こちらの剣がもう一人の横腹を刺していた。
セイネリアが剣を抜いて体勢を戻す。その両脇の地面では敵2人が藻掻いていた。とりあえず戦闘不能にはしたが、致命傷までは与えていない。このまま放っておけば死ぬが治療すれば死ぬ事はない、くらいの加減だ。こちらに余裕があれば死なずに済むだろうが、余裕がなければ死んでもらう。
セイネリアは上を見てバルコニーの様子を確認した。
まだ手すりに縛り付けた布はこちらに垂らされていない。つまりまだ上から逃げる程の状況ではない、という事だ。ただ上から時折物音が聞こえてくるから、向こうも敵が来て交戦中な事は確かだろう。
「おいっ、上は大丈夫なのか?」
どうやらセルパも彼についていた一人を倒したらしく、こちらに向かって走ってきた。敵は地面で足を押さえて蹲っているようだから、足を刺して動けなくさせたか。正直なところ、セルパが極力殺さないようにするだろうと分かっているから、セイネリアは敵を多く受け持つ分、殺しても構わないつもりで敵に対処しているというのもあった。情報を吐かせるのなら一人生かしておけば十分だ。
「多分な。どうにかしのげたみたいだ」
上から音はしなくなっていた。本当にヤバそうだったらあの奴隷女がこちらに降りてこようとしている筈だ。
「そっか、それなら良かった」
ほっとして胸に手を当てたセルパは、心配そうな顔で部屋のバルコニーを見上げた。いつもなら一緒に戦う筈の仲間と離れているのだから余計に心配なのかもしれない。
周囲を見渡してみれば、庭のどこか別の場所でも戦闘が起こっているらしい。彼女を狙うどこかの一団が警備兵と戦っているのか。それがユラドの連中でなければいいと思うが、それで捕まるか殺されるかしても連中が間抜けなだけで別に同情はしない。
再び上を見れば弱くだが部屋の明かりがついていた。ただ戦闘音らしきものは聞こえないから、倒した敵を縛るなり、もしくは治療でもしているのかもしれない。
「おーい、そっちはどうだ? 問題はないかー」
セルパが上に向けて声を張り上げた。
暫くしてバルコニーから顔を出したのは、部屋の主である奴隷女だった。
「はい、どうにか皆倒したようです」
「そっか、ありがとよっ」
そのやりとりでセルパが大きく安堵の息を吐き出したが、それを笑って見ていた彼女が唐突に顔をひっこめた。その様があまりにも急いだ様子だったから、セイネリアは眉を寄せた。
何かあったか――とにかく敵は何組、何人やってくるか定かではない。撃退したといっても常に次がくる可能性がある。上の連中がまた交戦中になっている可能性は高そうだ。
僅かな物音、一瞬だが光る窓。
そしてその後、アンナが叫ぶ声が微かに聞こえて、その可能性は確定となった。
次回は上で起こってる問題のお話。