38・賊はまだいる
侵入者探しでバタバタしていた警備兵達だが、彼女の歌が聞こえている間はやはりそちらに気を取られていた者が結構いたのか、歌が終わってからセイネリア達が侵入者とやりあっているのに気づいたらしい。
縛っている最中に警備兵がやってきたから、死体も含めて賊共は彼等に引き取って貰った。このあたりに転がしておいても邪魔なのは当然として、生かしておいた2人については放置しておけば折角生かした意味がなくなるくらいの怪我人だ。とりあえず最低限の治療だけはしてやれといって引き渡した。
「しっかし……ヴィンサンロアの術ってのはそんな簡単に使えるものじゃなかったんじゃないのか?」
警備兵達が彼等を引きずっていくのを見送ってから、嫌そうにセルパがそう呟いた。
「言ったろ、あの様子なら痛覚を切ってる。アッテラ神官が仲間にいれば可能だ」
「あー……そういう事か」
ぽん、と彼は手を叩く。やっぱりこの男は頭が悪い。
「つまり奴らに協力したアッテラ神官が敷地内のどこかに潜んでるという事だ」
「そうか、そうだな、確かに」
あの術は確かに効果時間は結構長いが、それでも前々から潜んでいる連中に術を使っているのなら術者本人もここに潜んでいないと難しい。特にこの周辺に度々やってきた奴に毎回掛けていたなら、外で掛けてもらってきた、というのはないだろう。
「ちなみに、アッテラ神官といえば何に注意をすればいいと思ってる?」
「あ? そりゃ強化だろ。そんな強そうに見えなくても、力負けする可能性があるから注意しないとならない」
「他には?」
「他? 他って……治癒か? でも戦闘中に掛けられはしないし、そこは別に気にするとこじゃないよな?」
「いや、治癒が出来るという事は、傷を負わせても逃げられたら自力で治してしまうという問題があるだろ」
「……そうか、あぁうん、なるほど」
この男は考える力がないのか――と思いたくなるが、意地になって自分の考えを通そうとせず話は聞くからまだどうにかはなる。どちらにしろ、事前に多くを言っても意味はないだろうから話はここまでだ。
「ともかく、賊はまだ他にもいると思って気を抜くな。こっちにくる可能性もあるし、直接屋敷内から彼女の部屋へ行く可能性もある」
「ディタル達の方へか?」
「そうだ、上で彼女を守り切るのが難しかったら、バルコニーから彼女を下ろす可能性もあると思っておけ」
「え? あそこから落とすんじゃ危ないだろ」
「いや、だからな……」
言いかけて、セイネリアは口を閉じる。それからセルパに目くばせすると、唇前に人差し指を立てた。察しの悪いこの男もそれで表情に緊張を纏う。
『俺の後ろにある植木の裏に2人、おそらく他にもいるな』
小声で伝えれば、セルパも小声で聞いてくる。
『どうする?』
『向こうが動くまでは動くな。何が起こってもいいように構えてろ』
こういう男はいっそカンで動いてもらったほうがいい。戦闘面に関してなら、余程の相手でない限りは彼の好きなようにやらせても大丈夫だろう。大丈夫ではない範囲の敵と当たっても、即死がなければセイネリアがフォローできる。
――さて、こいつらはどこの手の者か。
敵はまだ動かない。気配を探っても後ろの2人以外は簡単に把握できる位置にはいないようだ。それだけの距離があるという事は、弓等の遠距離攻撃役がいるかもしれない。
だが、そこからさほど待たずに事態は動いた。
今度は門とは違う方向から、ドン、と何か大きな物量がぶつかるような音がした。警備兵達の怒号があちこちから聞こえてくる。音に向かって彼らが走っていく音が聞こえる。
「何が起こってるんだ?」
セルパは動かなかったが不安そうにこちらを見てきたから、あくまで冷静に、後ろの連中にも聞こえるように答えてやる。
「何があっても俺達はここを離れる訳にはいかない。向こうの騒ぎは警備兵達に任せておけばいい」
「そ、そうだな」
これで隠れた連中も、自分達をどうにかしない限りは外から彼女のもとへいくのは無理だと悟っただろう。焦れた雰囲気を発していた連中が、そこでやっと動いた。
すみませんが、次回はこの後の戦闘描写は飛ばして部屋の方にいるディタルやアンナ達の話になります。
セイネリアの戦闘はまたあとで。