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黒の主  作者: 沙々音 凛
【番外編:或る女の願い】
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36・影の敵2

「あっそびすぎー、さっさと終わりにしときなさいっていつも言ってるじゃない」


 上からアンナの声が聞こえる。見上げればバルコニーから下を覗きこむ彼女がいた。彼女が上から撃ったようだ。


「あのな、別に遊んでるんじゃないっていってるだろっ」


 2人の会話からすると、セルパが戦いを楽しみがちでそれをアンナが叱るというのもよくある事なのだと分かる。だが軽口で言い合う二人の、その声が急に変わった。


「げっ、何だこいつら」


 アンナに撃たれた者も、セルパに蹴り飛ばされた者も起き上がった。いや、殺してはいないから起き上がる事自体は別に驚くものでもないが、彼らは痛がったりふらつく事は一切なく、起き上がってすぐセルパに向かって行った。

 さすがにこれは想定外だ――セイネリアは即彼を助けに向かう。セルパも油断はあったものの、すぐに顔つきは戦闘向けのソレに変わる。


「このっ」


 セルパが相手の腕に斬りつける。そのせいで彼を狙った短剣は落ちたが、敵の動き自体は止まらず、斬られた腕から血を流しながらももう片手にも持っていた短剣でセルパを斬りつけようとしてきた。


「うげっ」


 その不気味さに思わずセルパは大きく後ろに下がって避ける。それを狙って肩と足に矢が刺さったままのもう一人がセルパに斬り掛かって行こうとした。ただその男もセイネリアが矢が刺さっている足を更に剣で斬りつけた事でバランスを崩してよろけた。

 それでも男は倒れない。

 足からはすごい勢いで血が流れているのに、よろよろと前に進もうとする。さすがにまともに歩けはしないから交戦中のセルパでも脅威にはならないが、明らかに人間の動きとしておかしい。

 そこでセイネリアはある事を思い出した。頭の中に、あの青い髪の馴れ馴れしいアッテラ神官との会話が浮かぶ。


「そいつらは痛覚を切ってるかもしれないっ」


 アッテラの神殿魔法といえば肉体強化と治癒がまず思い浮かぶものだ。だがアッテラ神官なら誰でも使える魔法にはもう一つ、痛覚を切るというのがある。


『まぁ普段使いする術じゃねぇよ。基本は怪我や病気で苦しんでる奴や、酷い痛みを伴う治療に使う。あとはアッテラ神官の狂化……死ぬつもりで限界まで強化をした時に使って完全にリミッター外す場合だな』


 ヴィンサンロアの術には必ずペナルティがある。そのペナルティは確か痛みを感じる事だったと思うから――痛覚を切る事で克服出来るのではないか。アッテラ神官が連中の仲間にいるのなら可能だろう。

 そうして痛覚を切れば感覚がなくなると考えれば……気配を察したり、逆に気配を消したり等が上手く出来なくなるのも分かる気がする。動きの割には気配を消すのが下手なのもそのせいかと思えば頷ける。奴らが負傷しても声を上げなかったのも、訓練のたまものとは違うという事だ。

 からくりが分かればどうという事はない。セイネリアはよたよたと影のある方に向かって逃げようとする男の足を引っかけて転ばせた。案の定、立っているのがやっとだった男は、倒れたらそう簡単に起き上がれない。

 藻掻く相手の足を踏みつけ、骨を折る。痛みがなくてもこれで起き上がる事はもう無理になった。


「何だこいつら、気味悪っ」


 敵の異常さにすっかり引いているセルパは、向かってきた剣は弾いているものの気味悪がって敵から距離を取ろうとしている。


「落ち着け、痛みを感じてないだけだ。体の機能的に動けないようにすればいい」

「お……おうっ」


 セルパがこちらを見てから、相手に向かって行く。当然向こうもセルパに向かって行くが、痛みはなくとも怪我のため動きは鈍化している。セルパの剣が男の腹を叩く。刃を引かずに鈍器のようにぶつけただけだから、血は飛ばずに相手の体だけがふっとんだ。音からしてこっちの男は鎖帷子くらいはしていたらしい。ただし、相当強く叩いたせいか、死んではいなさそうだが動かなくなった。


「念のため縛っておきなさいよっ」


 上からロープが落ちて来た。見上げればアンナが手を振っていた。

 セイネリアは彼女に向かって言った。


「そっちにも来るかもしれないから警戒しておけ。あと、アッテラ神官もいるかもしれないっ」


 なにせ今、外から狙ってきた連中だけでもこれだけいたのだ、あと何人いるのかも分からない。事前に潜入している者がいるのだから、屋敷内から部屋に近づこうとする者がいてもおかしくない。そしてこの連中がアッテラの術で痛覚を切っていたというなら、アッテラ神官がどこかに潜んでいる可能性が高い。

 セイネリアの言葉に、彼女は気楽そうに手を振ってきた。


「わかってるわよぉ~いざとなったらここから逃がすから受け止めてあげてね♪」


 彼女を上から落とすつもりかとセイネリアが眉を寄せれば、セルパが焦って騒ぐ。


「うぇっ、まてまてアンナそりゃヤバイって」


 よく見ればアンナはバルコニーに何か長い布を縛ったようで、その布の先をくるくると回してみせた。いざという時のためにある程度の高さまではあれで下りてこれる準備をしたという事か。確かにあれで1階分くらい下りてくれるなら安全に受け止められるとは思うが。


 アンナは焦るセルパに手を振って、じゃぁね、というと顔をひっこめた。間もなく窓を締める音がしたから部屋の中に入ったのだろう。

 こちらが戦闘中に当然ながら歌は終わっていて、一時、辺りには静かさが戻った。ただ遠くで警備兵達が走り回る音がしているから、まだ騒ぎが完全に収まったという訳ではない。


――さて、ユラドの連中は歌を聞けたのか……。


 ヴィンサンロア信徒という段階でさっきの連中が例のユラドからの者という事はないだろう。ここまで来てないという事は歌を聞いて彼女を攫う事は断念したと思いたいところだが――セイネリアは注意を周囲に向けた。

 これで終わりではないのは確実だからだ。


次回はちらっとアード達の話。

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