32・当日
ドートーの屋敷は敷地を囲む塀沿いに高い木が立ってはいるが建物近くには視界を遮るような高い木はない。建物の前面側、門から玄関周辺は石畳になっているからそもそも植木等がほとんどなく、庭園と言えるように手入れされているのは裏庭だけだ。ただ裏庭も中央付近は芝生の広がる広場になっていて、それを囲むように周囲に庭師が手入れをしている木や花が植えられている。それらはどれも大人の身長以下の高さまでしかないから、建物の上の階から見れば裏庭の全体が見渡せるようになっていた。また裏庭には建物から少し離れたところに表門から続く石畳の道が建物沿いに通っていて、その道から建物側には人が隠れられそうな植木はなかった。逆を言えば道から庭側は屈めば隠れらるくらいの植木がいくつかある。
セイネリアがパーティーメンバーに指示を出している警備範囲はその道から建物側であり、道の向こう側で起きた事には警備兵に任せて手を出さないように言ってあった。
聖夜祭1日目は彼女が歌っている間、セイネリア達の警備範囲内に姿の見えない侵入者が来ていた。そいつは主に道の向こうの植木のある方からやってきて建物の壁につき、その壁沿いに移動してこちらの様子をうかがっていた。
2日目にも、やはり彼女が歌っている間、そいつがまたやってきた。『その時』になるまで気づいていないふりをする事にしたから気配の方をじっと見る訳にはいかなかったが、感覚的には昼に見たあの使用人の女と同じだとセイネリアは感じた。
とはいえ、同一人物だったとしても潜入しているのが一人とは限らない。なにせ狙っている連中が複数いる事は確定しているのだ。ただ2日目も基本は一日目と同じで何も起こらずに終わった。
そうして3日目、最初からセイネリアは決行は今夜、おそらくは聖夜祭の本式典の間が一番可能性が高いと思っていた。
聖夜祭は聖夜当日から前2日を『動なる祭』、後ろ2日を『静なる祭』という言い方をするのだが、その言葉が示す通り前2日と聖夜当日は派手で華々しい催し物が開催され、後の2日は祈りが基本の静かなで地味な催し物しかなくなる。『静なる祭』に入ると人もごっそり減って騎士団や警備隊も余裕が出てくるので、その前に事を起こさないとわざわざ祭期間を指定する意味がない。そういう意味では、警備の人員がほぼ本式典に集まって屋敷回りに人が少なくなる聖夜当日が一番都合がいい筈だった。
だから予めディタル達にも決行日は聖夜当日が一番可能性が高いと伝えてあったが――今日またカリンからの手紙があって、それが予想から確定になった。
「そろそろ……本式典が始まる時間か?」
「もう少しだな」
セルパとのこのやりとりは、空が暗くなってからはもう何度もやった。
一応、カリンからの手紙が来た後すぐ、ディタルには黒幕だろう連中の話をするついでに連中が来るのが今夜本式典の鐘のあとだという事も伝えておいた。セルパの休憩時間は昼から夕方でディタルと同じだから、そこでその辺りを教えてもらってきたらしい。そのせいかこの男はいい意味でも悪い意味でもやたらとやる気で、こうして何度も同じ事を聞いてきている。
――式典の時間を聞いてるだけの内ならいいがな。
こういう思考が単純な男だと『式典が始まったら賊が来るんだろ』と口を滑らせかねないが、そこらはどうやらディタルが上手く口を滑らさないよう言い聞かせておいてくれたらしい。今のところひたすら本式典について聞いてくるだけだから、イベント好きな男かと思われるだけで済みそうだ。競技会の時に見物したがっていた発言もあるからそこまで怪しまれないだろう。
ちなみに、例の見えない何者かだが、今日が決行日という事もあるのか、彼女が歌っている時でもないのに暗くなってから既に2度程近く――と言っても道の向こうまでだが――やってきていた。勿論気づいていないふりはしているから、いざ本番になった時にこの馬鹿は痛い目を見る事になるだろう。
ふと顔を上げて部屋の窓を見るとまだ明かりがついていた。
どうやらあの奴隷女はまだ起きているらしい。ディタルに今日が決行日だという事を伝えた時に、アンナが彼女の話し相手になっているというのを聞いたから、もしかしたらアンナから彼女に今夜連中が来る事が伝えられたのかもしれない。
セイネリアは空を見て月の位置を確認する。ほぼ真上にきているから、本当にもうそろそろだろう。セルパを見れば一応黙って立ってはいるがどことなく落ち着きがない。そして彼は気づいていないが、今まさにまた見えない例の奴が近くにきている。
そろそろか――思った少し後、本式典の開始を知らせる鐘が鳴った。
次回はカリンからみた、実行側の話。