31・祭りの夜
祭りの最中だから屋敷の外、街の方面にはたくさんの色とりどりの明かりが見える。
普段からこの国では夜中でも街に明かりが灯っているが、今夜は普段とは比べられないくらい賑やかな光達が遠くに煌めいている。おそらくあの光が集っている場所は昼間のように明るいに違いない。
その明かりを瞳に写してから、目の前に広がる屋敷の庭に視線を変え、彼女は歌いだす。
聖夜祭は全部で5日、実際に事が起こるのは3日目の聖夜当日が一番可能性が高い、とあの男は言っていた。
だが、どの日も可能性があるのならたかだか5日だ、毎夜彼等を説得する歌を歌えばいい。朝の歌でも一応説得のための歌詞で歌っているが傍にドートーがいるから言葉を選ぶ必要がある。ドートーはユラドの言葉が分かるという程ではないが、単語をいくつか知っているからだ。
――今夜も何も起こらなかった。
何も起こらないのはいい事なのに、ほっとするような気分ではない。このまま何も起こらず祭りの最終日を迎えるのが一番良い事なのに、そうなってもおそらく自分は素直に安堵出来ないだろうと思っている。
歌い終わって下を見れば、あの黒い男ともう一人のいかにも戦士風の男が立っているのが見えた。特に動いていないし話しかけてもこないから、何も異常はないのだろう。ここからは裏庭が一望できるが、見たところ騒ぎが起こった様子はなかった。
「ほーら、そろそろ入りなさいな。あまり長い間外に出てると風邪引くわよぉ」
その声に振り返って、彼女は大人しくバルコニーから部屋の中へ戻る。例の冒険者達の中でも女性であるアンナという人物だけ、祭の間はカーテンの内側、彼女が見える位置で警備をする事になっていた。人に見られながら寝るのは抵抗があったが、アンナという人物は黙っていると気配を感じなくて思ったよりは気にならなかった。
「そぉんなに長く外にいなくても、誰か侵入してきたら何かしらの騒ぎが起こるかあの男が知らせてくるわよ、そしたらまた歌えばいいじゃない」
「そうですね」
祭に入ってからの歌は、念のため出来るだけ長く歌うようにしていた。更に何か起こっていないか庭を見回して確認しているため、外に出ている時間がかなり長くなってしまっていた。
だが、言われてみればこの人の言う通りだ。
「貴女に風邪ひかれたら私怒られそうだし~貴女も声が出なくなったら困るでしょ」
ね、とウインクされて、彼女は笑った。
このアンナという女性は不思議な感じがする。話し方はゆったりとしているが、トロそうとか鈍そうとかの印象は一切なくて、落ち着いているという表現が合うと思う。あとはあの男は別として、この人もかなり強いと思う。初見の時はそんな風には見えなかったが、こうして傍にいて警備している姿を見ていると、この人の落ち着きは自信と経験に裏付けされたものだというのが分かる。
この人物はあの男との会話を見ていた――という事は演技をして自分の性格を隠す必要もないという事でもある。だから……思い切って彼女は聞いてみる事にした。
「あの……すぐに眠れそうにないので、少しお話につきあって頂けますか? 出来れば私、貴女の冒険者としてやってきたお仕事の話が聞きたいです」
驚くでもなく、嫌そうな顔をするでもなく、アンナはゆるい笑みを浮かべて気楽に返してくる。
「いいわよ。んー……どんな話がいーかしらねぇ」
「なんでも! あ、でもあまりすごいお話じゃなくて、冒険者になりたての頃の話とか、どういう仕事をしていって強くなったとか、そういう方が参考になります」
言ってから彼女は口を押えて黙った。今のは明らかに失言だ、つい調子に乗ってしまった。あの男もだがこのアンナという女性もまた、こちらの何気ない発言から本心を読み取る事が出来る人物だと思っている。今の発言の意図は彼女には分かったしまったに違いない。おそるおそる見るとアンナは最初、何か疑わし気な視線でこちらをみていた……が、すぐに笑って言ってくる。
「分かったわぁ、それならそうねぇ……私の初めてのお仕事の話でもしようかしら」
ここでワンクッション、彼女の話が入って、次回から事件が起こる当日となります。