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黒の主  作者: 沙々音 凛
【番外編:或る女の願い】
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30・潜入

 祭り本番となって前より更に警備の人間が増えたように感じる廊下を、ドートーとの話が終わったセイネリアは歩いていた。外の警備に向かうためだ。


――まったく、金が余ってる奴はロクな事をしない。


 ドートーからボンダリーについての話を聞いた後、セイネリアはその話の馬鹿馬鹿しさに呆れるよりむかついていた。……ようはセイネリアがやっていた代理戦闘で利権を決めるような貴族達のゲームを大商人達もやっていたという話だ。

 ただ人にやらせて見世物として楽しむ貴族達と違って、商人のゲームは自分達の力で行う。勿論商人となれば戦闘なんて金の無駄になる事はしない、やるのは目的の品を誰が一番に手に入れるかというゲームだ。いわゆる大商人と言われる商人達の間でそのゲームは度々行われていて、賭けられるものは大抵ある地域との商業権だそうだ。彼等は貴族のような領地は持たないが縄張りを持っている。新しい取引地域を開拓した時に同時、もしくは後から入ってこようとした者と揉めた場合、そういうゲームを行うのだという。


 ワーレット・ボンダリーはそのゲームの仕切り役らしい。


 仕切り役であるボンダリーは、ゲームに参加できないがゲームで狙う品を決める事が出来るそうで、その品を手に入れた者から買い取る優先権も持っている。最初のゲームが、当時商人仲間内で一番力を持っていたボンダリーが揉めた連中を仲裁するため、自分が探している品を取ってくるよう提案した――と、その時からのルールという事だ。

 現在では仕切り役は毎回変えるべきだとの意見も出るもののボンダリーは譲ろうとしないそうで、そんな意見を出した者はあとで何かしらの『不幸』に見舞われるそうだ。


――確かにそのルールなら役目を譲りたくはないだろうよ。


 ボンダリーとしては、欲しいものがあったら自分で苦労せずに他の大商人達に取って来てもらう事が出来る訳だから。


 人間、金が余ってくると労力の方を惜しむようになる。ゲームだけなら勝手にしろといいたいところだが、仲間の所有物をゲームの対象に選ぶのはゲームのルール以前に仲間内での礼儀を無視している。ボンダリーに会った事はないが、自分の立場にいい気になって人を見下すのが好きそうな下種野郎なのは確定だろう。

 ただ問題として、この話をパーティーのメンバーにどのタイミングで伝えるべきか悩むところだ。セルパは理解できずに暴走しそうだから後にするとして、ディタルには……あの手の真面目そうな人間にはさぞ不快な話だろうが早めに話さなくてはならない。


 とはいえ、それが分かったとしても警備する側としてやる事が変わらないのは確かだ。ユラドの連中は歌でさっさと帰ってもらって、彼女のところまで来た人間をこちらは相手にすればいい。そこまで来た連中に加減がいらないのも予定通りだ。

 全部話せば時間が掛かるし、今は首謀者が分かった事だけ伝えて後で詳しく話すと言っておけばいいだろう。それこそ詳細は全部が終わってからでも構わない筈だ。

 そんな事を考えて歩いていたセイネリアだったが、そこで今、すれ違った使用人の女らしき者達に何かを感じて立ち止まり、振り向いた。


「おい、まて」


 女は2人、揃って振り返る。どちらも初めて見た顔だが違和感を感じたのはその内、ワゴンを引いている女の方だった。セイネリアは女達の方へと歩いていく、違和感の正体は分からない、が……。自分でも意識せず、セイネリアは女の顔に手を伸ばしていた。

 ただし、その手が女の顔に触れる事はなかった。

 女が持っていたワゴンがこちらに放り出される。女自身はそれと同時に後ろに大きく飛びのいていた。その動きはとてもじゃないが下働きの使用人のものではない。

 セイネリアは舌打ちした。明確に理由があって女に触れようとした訳ではないから、一瞬何が起こったのか分からなくて反応が遅れたのだ。そのせいでセイネリアがワゴンを蹴り倒した時には既に女は廊下の先にいて、角を曲がるところだった。


「その女は侵入者だ、捕まえろっ」


 声を上げれば、警備兵達の足音が聞こえてくる。すぐに3人程がセイネリアのところまでやってきたが、セイネリアは後ろから来た兵を無視して、女が逃げた先の廊下からきた兵へと尋ねた。


「おいお前、今そっちに女が走っていかなかったか?」

「いえ……みませんでした」


 逃げられたか――我ながらとんだ馬鹿を晒したものだと、セイネリアは歯を噛み締める。顔など触れようとせず、最初から捕まえるつもりで腕でも掴んでいれば逃がさずに済んだものを。


「使用人に成りすまして潜入している奴がいる。ドートーに伝えておけ」


 言ってから女が逃げた廊下の方に行ってみれば、窓はあるものの今の時間、そこは日陰になっていた。ディタルが言っていたようにヴィンサンロアの信徒であるならそれで姿を消したのかもしれない。となると、昨夜警備中に来ていたのも今の女だった可能性は高い。先ほどドートーには一応報告として何者かが来たことは言っておいた。実際に何か起こすまでは気づかないふりをする事も一応許可をとっておいてある。

 この警備状態だ、決行日当日に無理やり侵入するのは難しいとして事前に潜入している可能性も考えてはいた。既に潜入している者がいたこと自体は別に驚く事ではない。


 その後、何が起こったのか分からないで怯えているもう一人の使用人の女に逃げた女の事を聞いてみたところ、逃げた女は最近働きだした者ではなくここに1年以上前からいた者である事が分かった。ただし更に聞いたところ、その女は昨日買い物に外へ出かけたという事だから、その時に入れ替わった可能性はあるのかもしれない。

 もしそれに魔法使いが関わっていたとしたら……姿を変える魔法か、記憶を改ざんして知人と思い込む魔法あたりか。どちらにしろ、誰にも気づかれずに使用人等のふりをして潜入している者がいる事は確定した。複数人いる可能性もある。思ったよりも厄介な状況だとセイネリアは考えた。



セイネリアは魔槍と繋がっているため魔法使いのように魔力が見えるのですが、この時点ではまだそこまで槍の魔力と記憶が馴染んでいないのもあってそれをはっきり自覚出来ていません。


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