29・手紙
仮眠から起きてすぐ、セイネリアはドートーからの呼び出しを受けた。留守の時に行ったからその報告を受けて呼ばれたのだろうと思っていたのだが、どうやらそれは違ったようだ。
部屋に入った途端、ドートーはこちらが言わなくても人払いをして、そうして手紙を渡してきた。
「今日、事務局からの配達の中にお前あてのそれが入っていた」
差出人は分かっている、カリンだ。
冒険者事務局のサービスの一つに、冒険者の登録番号と名前を指定して封書を渡したり、伝言を伝える事が出来るというものがある。普通それらは受け取る側が事務局に取りに行くのだが、貴族の屋敷や大きな施設等、大人数が働いていたり住んでいる場所には、そこに登録してある者あてのものをまとめて事務局員に持ってきて貰う事が出来る。ドートーの屋敷ではそれで毎日事務局員が屋敷に届けにくる事を知っていたから、セイネリアもこの仕事の間は屋敷にいる者としてここへ届くよう登録しておいた。この連絡の取り方が目立たずに一番早いからだ。
ただし当然、ドートー本人に手紙がきたのがバレる。
そうなれば現在雇い主である彼がその手紙を見せろと言ってくるのは当たり前の事で、セイネリアの立場上断る訳にはいかない。だからこの手段を使う時は急ぎで伝えたい事がある時だけ、そしてドートーに見られても構わないような内容でなくてはならない。
カリンからの伝言は冒険者事務局で封されたものだから、宛名の人物の冒険者支援石をあてないと綺麗に開ける事が出来なくなっている。ドートーがわざわざ呼び出してきたのは、今ここで開けて中身を見せろという事だろう。
――確かにこれはドートーの前で見るべき内容だな。
セイネリアはその中身を読むと、ドートーに手渡しながら言ってやった。
「あんた、商人仲間に彼女を見せて、彼女を買い取らせてほしいと随分言われてたみたいじゃないか。そういうのをこちらに黙っておかれるのは困るんだがな。『紅の西風団』なんてのはおいておいても、あんたは最初から彼女を狙ってる連中にいくつか心当たりがあったんだろ?」
彼女の話から、彼女が国外の王族のもてなし役をしていた事が分かっている。となれば当然周辺国からの縁談の話はあっただろうし、ユラドを下に見ているディスティナンなどは彼女を差し出させる気満々だったに違いない。その他の周辺国でも彼女を狙っていた人間がいておかしくない。それを踏まえて彼女を狙っているのは複数勢力いそうだとセイネリアは思っていた。勿論それ以外にも、商人仲間にドートーが彼女を自慢気に見せて狙われている可能性もありそうだとは思っていた。
どちらにしろ、彼女を救いだそうとする連中が予告の手紙を出す事があり得ないし、時期まで指定するなんて馬鹿げているとしか思えない。余程の自己顕示欲の塊でもなければそんな事をする必要はない。となればわざとユラドからの連中が行くのを教えて、彼等を囮にでもしようとしている者が手紙を出したと考えた方がまだ筋が通る。
ただそこまで考えても、予告の手紙なんてものがバカバカしすぎてどんな意図があるのかセイネリアにもも読み切れたとはいい難かった。囮としてユラドの連中に目を向けさせたいのだとしても、噂話程度に自然にドートーの耳に入るようにしたほうがドートーの反応に合わせていくらでも追加情報を伝えて彼を操れるだろうに、と思う。
だがその疑問を解消する情報は、ドートー自身の口から聞く事になる。ドートーは手紙を読み終えると、震える声で憎しみを込めて呟いた。
「そうか……ボンダリー、あいつかっ」
ちなみに、カリンからの手紙にはユラドから来た連中についての話はない。こちらがあの連中と接触している事をドートーに知らせないためだ。だから内容は彼女を狙っている商人達の名前と、彼らがドートーから彼女を見せて貰って以降欲しがっていた事、そして最後に、ドートーに予告の手紙を出したのはワーレット・ボンダリーだろうという事が書かれていた。
「心当たりがありそうだな」
手紙を持ったままぶるぶる震えている様子を見たところ、ドートーにとっては余程因縁のある相手らしい。セイネリアの言葉を聞いてこちらを見たドートーは、そこでセイネリアにとっても想定外の言葉を吐いた。
「ボンダリーが絡んでいるなら、奴らはゲームとして彼女を攫おうとしているかもしれない」
どうやらそれが、馬鹿げた予告の手紙がきた理由らしかった。
ゲームの内容は次回。