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黒の主  作者: 沙々音 凛
【番外編:或る女の願い】
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26・可能性

 朝方になって交代の時間が来たから、セイネリアはすぐに仮眠を取りに行かずに奴隷女の部屋へ向かった。思った通り、この時間で休みに入るのはゾーネヘルトの爺さんらしく、兵と共に部屋の前にいたディタルにセイネリアは声を掛けた。


「悪いが、少しいいか?」

「どうしたんだ? 何かあったのか?」

「何、報告しておこうと思う事があったからな」


 するとディタルは真剣な顔で、近くにいた警備兵に断りを入れてからこちらにやってきた。彼が目の前で足を止めると同時にセイネリアは兵に聞こえないよう小声で彼に言う。


「彼女が歌っていた時、何者かが俺達の傍まで来ていた」


 さすがに聞いて終わりに出来る話ではなく、ディタルの表情が強張る。


「ただ気配だけで姿は見えなかったし彼女のもとへ行こうとはしていなかったからな、様子を見ていたら歌が終わった頃には消えた。ま、下調べに来ただけだろうな」


 ディタルは考えて呟く。


「それは、彼女を救おうとしている者達とは違う連中なのか?」

「だろうな。歌を聞きに来た訳じゃなく、歌の間は警備兵達が歌に気を取られているのを知って様子見にきたんじゃないか?」


 あの侵入者らしき人間が見ていたのは彼女ではなく、セイネリア達警備の人間だった。歌に聞き惚れてあの場にいたとは考えられない。


「夜の庭で姿が見えなかったのなら、ヴィンサンロアの信徒かもしれない」

「奴らの神殿魔法は、ペナルティがあってそうそう使えるものじゃないと聞いたが?」

「そうだね、けどそれでも使う人間はいるんだ。彼らは影に隠れて姿を消せる」


 それならあの条件では確かに姿を消せるだろう。いくら月が明るいとはいえ、あのあたりにはいくらでも影になる場所があった。


「まぁともかく、連中の中にそういう能力を持つ者がいるかもしれないというのは他の奴等にもあんたから話しておいてくれ。あぁ、セルパには話さない方がいいかもしれないな、面倒な事になりそうだ」

「あいつには注意も含めて俺から話しておくよ、それでドートー氏には?」

「俺から話す、他にもいいたい事があるからな」


 それに返事まで一瞬間があったのは、彼としても少し思うところがあったからだろう。


「そうか、では頼んだ」


 だが結局は笑ってそう言ってきたから、セイネリアは彼に別れを告げた。






 ディタルと別れた後、一応ドートーのところへ報告に行ったセイネリアだが、彼は出かけた後らしく話す事は出来なかった。事前に約束を取っていない段階でいきなり会える可能性は低いと最初から思っていたからそれは別に構わない。すぐに報告には行った、と後で言える事が重要で、却って今会えなかった方が良かったくらいだ。

 そこからセイネリアが部屋に帰ると、当然ながらかなり前に戻っていたリパ神官の爺さんの方は既に仮眠に入っていたようで、彼の姿はベッドの上にあった。とはいえ完全に眠ってはいなかったらしく、セイネリアが部屋に入って扉を締めると同時に声が聞こえた。


「随分遅かったじゃねぇか……なんかあったんか?」


 老人はベッドの上でこちらに背を向けて寝ているため顔は見えない。ただ確実に今の声はゾーネヘルトだった。セイネリアは装備を外しながら答えた。


「昨夜、例の奴隷が歌ってる時、俺達の近くに侵入者がきたんでな、報告だけしといた」

「へぇ……なんで見逃したんだ?」


 騒ぎが起こってない段階でそう聞いてくるところからしてただのボケた爺さんではない。


「姿が見えなかった。彼女のところへ行こうとしていなかった。……向こうも気づかれてないと思っていたようだからな、気づいてないフリをしていたら歌が終わったら消えた」

「はん、そりゃまた厄介な」

「ディタルから、ヴィンサンロアの信徒ではないかと言われたぞ」

「ヴィンサンロアぁ? まぁ……確かに奴らなら可能だろうが隠れるだけなら他にも手は考えられるだろ。なにせ今は聖夜祭の真っ最中だしなぁ……」


 そこで聖夜が出てくるのが分からなかったから、セイネリアは聞き返す。


「何故それに聖夜祭が関係するんだ?」


 老人というのはこちらにない経験と、そこから積み重ねてきた知識があるものだ。セイネリアは常に勉強をして情報も集めているが、それでも長く生きた分敵わない事もあると思っている。


「昔魔法使いに聞いたんだがな、聖夜祭の間は魔法使いは首都に集まるようになってるんだとさ。だから普段はこの辺りにいない魔法使いも首都にいるらしい」


 勿論そんな話、セイネリアは聞いた事がない。だが嘘ではないだろう。伝聞だから真実ではない可能性はあるが、予想をする上で考慮しておいてもいい情報だ。

 ただそうなると一つ、厄介な可能性が追加となる。


「この件に魔法使いが関わっている可能性があると?」


 セイネリアは魔法使いが嫌いだ。だがそれとは別として、魔法使いに関しても調べてはいる。それでも彼等は基本一般人と関わらないものであるから、結局は魔法使いでないと彼等に関する詳細な情報は手に入らない。奴らについて調べて分かっている事は、所詮『~らしい』とつくような話ばかりだ。


「さぁ……ただ連中なら何をやっても不思議じゃない。それに俺ァ……何であの奴隷さんを攫うのを聖夜祭にしたかってのが気になっててな。可能性としてそういうのもあったなって思い出したのさ」


 セイネリアも確かにそこだけは疑問のままだった。どうして聖夜祭の間に限定したのか。それこそ彼女が祭り見物にでも出かけるというのなら分かるが、ドートーがこの状況でそんな事をさせる筈がない。騎士団も警備隊も祭の警備に一杯一杯でこちらで何か起こってもそうそうやってこない――とそれくらいしか思いつかなかったから、現状ではそこで考えが止まっていた。


「……さすが爺さんは物知りだ、可能性としてそれも考えに入れておく」


 それには、はははっと乾いた笑い声だけが返って。それ以後黙ったから爺さんも寝る事にしたのだろう。



次回はカリン側の話。

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