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黒の主  作者: 沙々音 凛
【番外編:或る女の願い】
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25・影

 窓を閉めてしまえば今が大きな祭りの真っ最中だとは誰も思わない。それを寂しく思いながらも必要以上に窓をあけるのは我慢する。ただし、いつも程度に窓を開けるのは禁止されていない。それに今なら『説得する』というちゃんとした理由もある。深夜というのには少し早いとは思ったが、彼女は窓を開けるとバルコニーに出た。


――いつ来るか分からないのだし、祭りの間は毎日歌った方がいいでしょう。


 下を見れば、見張りの影がある。その内一人は確実にあの男だ。ならもし、今何かが起こったところで問題ないだろう。


 あの男と話した後、彼女はずっと考えていた。自分をここから攫おうとしているのは誰で、何のためなのか。

 純粋に彼女を救おうと考えてそれを計画しているのならただの馬鹿だ。ユラドの王宮付近にいた者なら当然、民でもある程度考える頭がある者なら、彼女がドートーの元へいく事で国の益となる取引があった事は分かる筈だ。だから自分がドートーの元から消える事で国が損害を被る事が想像出来るだろう。特に自分の傍にいた者達には、彼女は得意げに言っておいたのだ。


『いーい、クリュースの奴隷っていうのはね他国と全然違うのよ。なにせ主人は奴隷にまともな生活をさせなくてはならない義務があるの。それに歳をとって用済みになったら、あの国では使いつぶす訳もに他に売る訳にもいかないから冒険者にさせて自分を買い取らせるのですって。だから冒険者になった時のために、ちゃんと鍛えておかないとならないの!』

『ルーテア様、ですがその頃にはもう剣など振るえない歳になっている可能性も……』

『どうかしら、妻ではなくて飽きたら捨てていい奴隷なら、明らかに容姿に衰えが見えたところで捨ててくださるんじゃない? 男の人ってそういうものでしょう?』

『いや、それは……確かに、貴女を奴隷にしようと思うような者ならそうかもしれませんが……』

『そういう事、冒険者というのは何も戦闘だけじゃなくて、店の手伝いや、薬草摘みとかの雑務や、他言語の通訳とか記録員とかの頭を使うような仕事もあるそうよ。私、計算得意ですし、人の顔と名前を覚えるのも得意ですし、クリュースの公用語もこの辺りの国の言葉も分かるから仕事には困らないと思うの』

『あの……何故そんなに楽しそうなんですか……』

『前から言ってますけど私のこの才能は歳を取ったら終わりです。でもその代わりに、本当の自由が手に入るって考えるなら悲観的にならずに済むではないですか』


 特に彼女の剣の相手をよくしてくれたアーネイドとは、ドートーとの取引が決まってからよくそんな話をした。それは彼があまりにも自分を見て暗い顔をしていたからだ。


『もし貴方が私の事が心配で仕方がないのなら、私がドートーに捨てられたと聞いたらすぐクリュースに来てください。そうして一緒に冒険者になって、私の借金を返すのを手伝ってくださいね』


 そんな約束もした。だから彼女は、自分はドートーのもとで元気でいると知らせるためにこうして歌を歌っていたのだ。


――まったく、本当にどこの馬鹿かしら。


 その馬鹿に悪態はつきたくなるが、自国の者が自分を助けようとして殺される姿なんて絶対に見たくない。

 満月直前の月は明るくて、星の光も少なくなっている。暗い闇の空に大きく存在感を示す月に向かって彼女は歌いだした。ここで歌った中では一番、心を込めて。

 メロディーはユラドの人間ならだれでも知っている子守歌。けれど歌詞は今日のために考えたものだ。自分は納得してここにいる、大切にされているから問題ない、だから来るな、と。


 そして自国の者がこれを聞いて諦めてくれたなら、きっと国に帰って自分が元気にしている事を皆に知らせてくれるに違いない。






 彼女がバルコニーから出てくるのは音で分かった。おそらくこれから歌うのだろうと思っていたから、実際彼女の歌が聞こえてきても特にセイネリアは反応したりはしなかった。……が、セルパは違ったらしい。

 彼の方をちらと見ると、見事に呆けた顔で彼女の歌を聞いていた。その顔は歌っている時に見た兵達と同じだ。部屋の外の警備をずっとやっていただけだったセルパはこれだけクリアな声で彼女の歌を聞いた事がなかったから、感動でもしているのかもしれない。

 とはいえそんな事をのんきに考えていたのも彼の顔を見たその一瞬だけの事で、セイネリアは周囲に自分達以外に何かの気配……というか自分達に向けられている視線に気づいた。

 勿論、気づいた素振り等は見せない。誰何の声なんてあげない。

 目だけ動かして辺りを見回しても姿は見えなかった、揺れている草木さえ見当たらない。これだけ完璧に気配を消しているのなら、向こうは気づかれたとは思っていないだろう。なら、そのままそう思っておいてもらう。彼女の歌を熱心に聞いているふりでもしてやればいい。

 ちらと見たところセルパはまだ呆けているだけで気づいていないのは確定だ。こちらとしてもその方が面倒がないから特に知らせないでおく。気配を探って、それが移動している様子を追う。さすがにこれ以上屋敷に近づくようなら放置する訳にはいかないが、そいつが動く気配はないから様子を見る事にした。なにせいくらここまで騒ぎも起こさずに来る事が出来たとはいえ、これだけの警備の中で彼女を連れて行くのは難しいだろう。相手はまだここで彼女を攫う気はないと思われた。案の定、相手はへたに動き回らずにただこちらを観察しているようだ。


――『その時』のために警備状況を確認しにきたか。


 事前の情報収集は大切だ。ただそんな事が出来るという事は、相手にそれだけの余裕があると言える。いつでも潜入は出来るから、まずは下調べという事か。

 やがて、彼女の歌が終わると、あのあたりにいるだろうと当たりをつけていた場所の草が一瞬、揺れた。その後すぐに視線を感じなくなったから本当に下調べだけのつもりだったのだろう。


――さて、あれはどこの者だろうな。


 なかなか厄介な敵じゃないかと思いながら、セイネリアは思わず口元が笑みを作るのを抑えられなかった。


次回はセイネリアがパーティーの連中に事前説明。

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