24・祭りの始まり2
そこで話が途切れたからこれでおしゃべりは終わりかと思ったセイネリアだったが、少しの間を置いてセルパが真面目な声で妙に改まった様子で言ってきた。
「ま、その……だからよ……あんたがいろいろ手をまわしてくれたおかげで平和に終わりそうなのは良かった、礼を言っとく」
「終わってない内から礼はいらない」
「でもさ、出来るだけ戦わなくて済むようにしようとしてくれたんだろ。事情的に殺したくない相手だからさ、助かった、ありがとう」
まったく人が良すぎて頭が痛くなる。それに彼は重大な勘違いをしている。
「だから礼はいらない。それに賊はくると言っただろ、だから戦闘はあるぞ」
少し声に苛立ちが出てしまったせいか、セルパは不安そうにこちらを見て来た。
「なぁ……この間聞いた時からだが、そこの意味が分かんないんだが」
「ならこれだけ分かっていればいい。彼女を助けようと思ってきた奴らなら説得に従って諦める筈だ。そうしない奴らは彼女のためなどとは考えていない、私欲で彼女を奪いにきた連中だから容赦はいらない」
「あぁ……そういう……」
仕事仲間としては信用出来るし戦力的にも悪くない男だが、少々頭が悪い。おそらくはこのパーティ内では一番。
だからそこでやっとこの男は気づいたようにはっとして声を上げた。
「つまり、彼女を狙ってるのは助け出そうとしてる奴らだけじゃないって事か?」
「そうだ」
物分かりの悪さに溜息をつきたくなるが、こういう男に分からせるには根気が必要なのは分かっている。そして説明は極力単純に、考える必要なく分かるように言わなくてはならない。面倒な事情は行動前に話しておくべきじゃない。
「だから言った通り、こっちの警備範囲までやってくるようなのは彼女を助けるためにきた連中じゃないから安心して賊として捕まえるなり殺すなりしていい。それだけ覚えていれば問題ない」
「お……おう」
と、返事をした後に、いかにも考える事が苦手そうな男は言い辛そうに言ってきた。
「……それで、その事って他の皆にも言ってあるのか?」
「言ってはいないが、おそらく分かっているだろう。それにこっちの警備範囲まで来た奴には当初予定通り、というのはこの間確認しただろ」
「あ……あぁ、そうだったな」
アンナやディタルはこの間の話だけである程度まで事情を察して覚悟出来ていたように思う。勿論、あの爺さんもだ。賊は来ると言った段階で、他の勢力が彼女を狙っているのも察せただろう。ただこの男はいわゆる脳筋だから、ハッキリ言葉にして言わないと理解出来ない。
普通ならこういう奴は敵に会えば後先考えず全力で戦ってくれるから放っておいてもいいのだが、この男は相手の事情に気を使う程度の思慮があるから面倒だ。……多分、彼が気にする基準はディタルが気にするかどうかだろうが。
「お前、ディタルに随分気を使ってるみたいだが、恩でもあるのか?」
セルパは明らかに、ディタルにとっていいか悪いかで状況を判断している。そこまで気遣うなら何かしら理由ありそうだった。
「んー……恩というかさ、俺はあんま頭良くない上に頭に血が上り易かったからさ、前は雇い主や仲間と結構トラブル起こしてたんだ。で、ある仕事で仲間と喧嘩になりそうなとこでディタルが俺でもわかるように根気よく説明してくれて、しかも他の連中にも俺が怒った理由を話して俺が悪い奴じゃないって説得してくれたんだよ。……いやぁ、俺の気持ちをちゃんと分かってくれる人間がいるんだってそこですごい感動してな、仕事終わった時に出来ればこれからも一緒に仕事をしてくれないかって俺から頼んだ」
「そんな喧嘩っぱやいようには見えないが」
「今はな。前は公用語が今程分からなかったってのもあるし、あいつの傍にいてだいぶ『察する』ってのも学んだからな」
ニカっと笑う男の言葉からして、今の話は全部本当の事だろう。……この男が嘘をつくとは最初から思っていないが。
「トラブルを起こしてたんなら信用ポイントも低かったのか。貴族のディタルと組むのはメリットが多かっただろう」
「あぁうん、それは後で気づいた。ってかあいつが貴族だって分かったのは固定パーティー組んでからなんだ。育ちが良さそうだとは思ってたし、それまでは仕事断られる事が多かったのにあいつと一緒だとさくさく仕事が取れるようになったから、いいとこの家の人間かもとは思ってたけどな」
セイネリアは思わず喉を鳴らして笑ってしまった。普通、貴族と組んでいるのは信用ポイントが高くて仕事が取りやすくなるからだと考えるのに、この男はただ純粋に一緒にディタルと仕事をしたかっただけなのだ。
「ともかく、俺は頭良くないから判断はあいつに任せてる。皆あいつ任せで悪いと思ってるから、戦闘面は俺が一番きっついとこを負担するようにしてる。……まぁ、それで釣り合うとは思ってないがな」
つまりこの男はディタルに負い目があるのか――と、考えたが、それは正解であっても全てではないのだろう。少なくともこの男は負い目だけでなく、感情面で自発的にディタルのためになろうとしている。
ディタルのような人間にとっては、汚れ役を自らやってくれる人間がついている意味はセルパ本人が思っている以上に大きい、だから。
「ディタルは確実にあんたに助けられてると思ってる、卑下する必要はないぞ」
こんな言葉をわざわざ言ってやるのは自分らしくない。そうは思っても思わず言ってしまうくらい、セイネリアとしてもセルパという男を好ましく感じた。
セルパは単純明快な脳筋さんなので(==;;
次回は例の彼女の話。