23・祭りの始まり1
聖夜祭が始まると、ただでさえ賑わう街はひときわ騒がしくなる。
特に大通りとそこから街の北東に飛び出すようにある大神殿までの道は祭りのための設置物と見物人で混みあっていて、当然増えるトラブルには警備隊だけでなく騎士団まで総動員で対処に当たっている。
ドートーの屋敷があるのは金持ちの住宅街である大神殿近くの東の上区ではあるものの、大神殿に続く道からは少し離れているため騒ぎはあまり届かない。建物の中にいれば遠くに聞こえる程度だ。
「祭りなのにずっと仕事ってのは寂しいよなぁ」
「まぁいいだろ、その分特別手当が出るんだしさ」
「まーなー」
屋敷の外、奴隷女の部屋の窓下で警備するセイネリアにとって、寂しそうにそうぼやく警備兵が通り過ぎていくのも3度目になる。とはいえドートーは金払いに関しては気前がいいため彼らの不満はあくまでぼやきで終わる。兵の質はそこまでいいとは言わないがやる気がないという訳ではなく、少なくとも祭り前よりも緊張感がある分頼りにはなるだろう。とはいえ、セイネリアとして彼らに期待しているのは賊が侵入して来た時に出来るだけ早く発見してくれる事だけだ。
そこで大神殿の鐘が鳴って、一緒に外の警備中だったセルパが呟いた。
「今の鐘の音は競技会の予選開始の音かな」
「そうだろうな」
聖夜祭が始まった事でセイネリア達の警備も本番用に切り変わった。屋敷の外、奴隷女の部屋の下での警備は戦闘役であるセイネリアとセルパの担当になって、部屋の中はアンナ、部屋の外の廊下での警備はディタルとゾーネヘルトとなった。ただし廊下の2人はいつ部屋の中に入ってもいいそうだから、状況によっては部屋の中で警備をする事もある。警備担当の場所は固定で、仮眠休憩は一人づつ警備兵と交代して取るようになっている。これは当初予定とは違うが、ドートーからの意見を取り入れた結果だ。
――まぁ、彼女に一番近づけたくないのを外専用の警備にした、とも言える配置だな。
ちなみに普段は人々の生活基準となる時間を告げる鐘だが、祭りの間はその役目を休んで祭りの進行を知らせるために鳴る。特に祭り前半の日程はいろいろな催し物が行われるため、その度に鐘が鳴って、祭りに浮かれていない者にとっては紛らわしい上にうっとおしかった。
「仕事じゃなきゃ俺も見物に行きたいとこだがな……」
セルパが残念そうに呟くから、セイネリアはつまらなそうに返した。
「どうせ競技会に出るのはお貴族様の騎士だけだ、面白くもないだろ」
聖夜祭に開かれる競技会の優勝者は聖夜当日に月の勇者としての役目をする事になる。そういう理由もあって、貴族の騎士しか出場資格がないのだ。
「いや、たまには出来る奴もいるぞ」
「いたらいたでそいつが圧勝して終わりだろ。どちらにしろ面白くなりそうにないな」
「そらな。……まぁ、だから毎回ディットに出てみろっていってるんだが、あいつは目立つの嫌いだから」
「だろうな」
セイネリアが見たところでも、ディタルがその手の華々しいところに出て行きたがる人間でないのは分かる。
「あいつが出たらいいセンいくと思うんだが、騎乗槍の経験がないから本戦出場は無理なんだってさ。それに自分みたいな下っ端貴族じゃ、身分的に上の人間に勝つ訳にはいかないとか……そりゃつまり八百長があるって事なのかね」
「あぁ、競技会なんて言っても貴族同士じゃただの実力勝負にはならないだろ」
セイネリアがやっていた代理戦闘なら、戦うのが貴族様本人でないからこそ一応ちゃんと実力での勝負が出来た。だが貴族本人が戦うなら、下位の貴族が上位の貴族に勝てば相手の面子を潰す。そういう意味でも聖夜祭の競技会で面白い試合が見れる訳はないと言えた。
「ディタルは強いのか?」
セイネリアの見立てではセルパの方が強い。だがこの男のいいぶりだと、ディタルは思った以上の腕なのかもしれない。
「そうだなぁ……ルールつけた試合ならディットの方が俺より強いんじゃないかな」
わざわざそんな前提をつけたという事は、つまり。
「坊ちゃんは人を殺せないか」
「まぁな、あいつ優しいからさ。だからいつもなら対人の仕事はまず受けないんだ。受けたとしてもケチな盗賊程度とか……捕まえて終わりそうな奴くらいか、最悪でも俺が前に出て捌けば済む相手までだな」
「今回は押し切られたみたいだが」
「あいつの親父さんがドートーと取引あるみたいで、親父さんに頼みこまれたんだよ」
ただ単に押しに弱いのかと思ったが、断り難い理由が他にもあったらしい。
「だが貴族なら逆に、戦争に出て行くために最初から対人で訓練をするものじゃないのか?」
ナスロウ家のような心構えの貴族は今は殆どなくなったとは分かっているが、それでも貴族なら一応基本教育として剣は習う筈だ。そしてその場合、想定される相手は化け物ではなく人間相手の筈だった。
「そーゆーのは領地持ちのもっと偉い貴族様だってさ。それに最近は大きい戦がある訳じゃないから、マトモに訓練してる貴族の騎士様はほぼいないらしいぜ」
「……益々競技会が茶番化する訳だな」
「はは、でも祭りの見世物だと思えばそれなりに楽しいだろ。出てくるからには一応マトモに戦っているようには見えるレベルだし、いろいろ派手だ」
陽気に笑い飛ばす男の言葉に、思わずため息をついた。
ただいままでの話からだと、セルパはそれなりに汚れ仕事も出来る男のようだ。それが分かったのは意味があったかとセイネリアは思った。
この会話シーンは次回まで。