22・説明
夕方の交代時間は丁度夕飯時と重なるため、交代で即次の組が警備に入るのではなく一旦全員部屋に戻って皆で食事を取ってから次の組が出ていく事になっていた。これはパーティーの話し合い時間が欲しいと言ったディタルの要望を受けて警備隊長が決めた事だ。この時間はドートーが食事のために彼女の部屋にいるから、ドートー用の護衛をつける事でいいだろうという判断だそうだ。
だから基本、全員揃っての情報交換はこの時に行われていた。
「……というのが、現状分かっている内容だ」
明日からついに祭りが始まる。本番直前になってしまったが、セイネリアはとりあえずあの奴隷女の元の身分と、今回彼女を攫おうとしている連中の予想される正体について、そして昨夜の彼女との会話内容を皆に知らせた。勿論それもドートーに許可を取ってある。
「お姫様かぁ、確かにそれは納得できるね」
「おぅ、確かにそりゃぁ納得だ」
ディタルとセルパはどこか呆けたような声でそう言った。この国の奴隷に対するイメージは他とは違うと言っても『奴隷』という言葉に下層民的なイメージはある。あの女奴隷から育ちの良さを彼らも感じていたのだろう。
暫くはそれぞれ感想を言い合っているのを聞いていたセイネリアだが、一通り言いたい事を言ったろうと思ったところで、彼らに聞いてみた。
「で、あんた達はこれを聞いてどうすべきだと思う?」
気楽に話していた彼らの表情が固まる。ただ、そこで皆の顔を見て確認してから、セイネリアに対して口を開いたのはディタルだった。
「彼女の境遇には同情する。気持ち的には彼女が逃げて自由になれればいいとは思う。けれど仕事として受けたからには、俺達は彼女が攫われるのを阻止しなければならない。こちらとしてはやはり当初の予定通り、極力殺さずに捕まえる方針でいくしかないと思う。……だから、もし彼らが諦めて逃げてくれるなら見逃す、のは構わない、が……」
やはり彼は、一見甘いように見えてちゃんと状況が見えている。人がいいだけの人間なら手放しで今の案に乗ってしまうか、最悪な場合、彼女も逃がせないかと言い出しかねない。
「俺は意味のない人殺しをする気はない。それに受けた仕事自体は敵を殺したり捕まえる事じゃない、要は彼女が攫われなければいいんだ。ならドートーとしては、祭りの間彼女が無事で、予告した連中が彼女を諦めたと分かればそれでいい筈だ」
「それはつまり、お前さんは連中が諦めたっていうドートーが納得するだけの証拠を示せる見通しがあるって事か?」
聞いてきたのは老神官のゾーネヘルトだ、この爺さんは毎回会話の外で一人何かしてるが、話はちゃんと聞いているのは分かっている。
「それについてはいくつか考えてはいる、どうにか出来るだろう」
「嘘やはったり……じゃぁないわよね?」
アンナが疑わし気に見てくる。……確かに『敵が諦めた証拠』なんてものは難しいが、今回はおそらくそんなものを出す必要もなくなるか、もしそれが必要になった場合の手もいくつかも考えてあった。
「俺は嘘をついてない相手に嘘はつかない」
それから床に紙を広げる。この屋敷の地図――といえる程のシロモノではないが、敷地を囲った中に、建物と目印になるものを入れただけのものだ。警備位置の説明が出来ればそれでいい。
「屋敷の外での俺達の警備位置はここで、この範囲以上の騒ぎには駆けつけないようにする。俺達はあくまで他の警備を突破された場合の要員だ、それで問題ない事はドートーに確認してある」
「まぁ、確かに……」
「待ってくれ、ってことはつまり、ここへ来る前に彼らは諦めて帰るという事か? それとも既に説得済なのか?」
ディタルのその疑問に、セルパも乗り出して何度も頷く。
そこで唯一あの奴隷女との話を聞いていたアンナが、得意げに二人に言った。
「えぇ、やってきた連中は、この範囲に入る前に彼女からの説得が聞こえたら帰ると思うわ」
「説得って……この位置からどうやって」
疑問は当然だが、答えは単純だ。
「歌よ」
「え?」
「彼女よく歌ってるでしょ? だから奴らが来たら、自分は納得してここにいるから来ないでって歌ってもらうのよ」
「あぁ……」
それで他の面子も納得したようだ。
セイネリアは再び地図の上を指さす。
「歌がこの辺りまで聞こえる事は確認してる。彼女が歌ったところで、彼女の国の言葉は誰も分からない、つまり誰もおかしいとは思わない」
「確かに……」
ディタルが唸って考え込む。けれどすぐに彼は恐る恐るといった様子でこちらの顔を見て来た。
「もし、説得に応じなかったら?」
他の連中もそれには息を飲む。
「俺達の警備範囲に入ってきたら、捕まえるなり殺すなり、そこは当初の予定通りだ。あの奴隷女にもそう言ってある。だから彼女も必死で説得するだろうさ」
ディタルは安堵したような、それでも辛そうな顔をして呟いた。
「あぁ、そうだな、それしかない」
「別でも手を打ってある、連中がマトモな人間ならまず説得されてくれると思うぞ。だがそれでこっちの出番はないと思わないておいてくれ。おそらく騒ぎが起こったのに合わせて彼女のもとに賊は来る。俺達にとってはそっちが本当の敵だ」
「え?」
それには全員が目を丸くしてこちらの方を見てくる。セイネリアは笑みを浮かべた。
「何、さっきも言った通りやる事は当初からの予定通りだ、俺達の警備範囲内で侵入者が来たら止める。あんた達はそれだけ考えればいい。ただし、そいつらの戦力は思ったよりヤバイ可能性がある、その場合は迷わず殺せ、死にたくなければ相手に情を掛けるなよ」
部屋にはそこで沈黙が訪れる。だがそれを破ったのは、離れた場所にいる爺さんの声だった。
「分かった。だそうだ皆、向かってきた相手に情けは不要だとさ」
「そういう事だ」
セイネリアが老神官を見れば、慈悲の神に仕える筈の老人は人の悪い笑みを浮かべた。
彼女を狙ってる他の勢力の話はこの後で。
次回から祭りが始まりますが、まだすぐに事は起こりません。