21・考えて欲しいこと
首都から一番近い街であり、一番近い港でもあるリシェの街。
クリュースの大商人達がこぞって本拠地としているこの街には、たくさんの倉庫が並んでいる倉庫街と呼ばれる区画がある。港からも近いその区画は基本的に船か倉庫の関係者しかやってこないため、積み荷の積み下ろしがある早朝から午前中はそこそこ賑わっているが午後に入ると人通りが殆どなくなる。更に言うと倉庫はすべてがすべていつもモノが詰まっている訳でもない。そしてその手の中に盗むものがない倉庫の場合、鍵は掛かっていても警備の者もなく放置されている事が殆どだ。
なので、鍵だけならどうとでもなると、そういう空き倉庫は知らない間に何者かが住み着いている……というのはよくある事だ、彼らのように。
――信用してくれるのはいいが、あっさり隠れ家に連れてくるあたり、あまり頭の良い連中ではない。
表情には出さないものの、カリンは内心呆れていた。
カリンに話しかけてきた――例の奴隷女を救い出そうとしている連中に、話がしたいと連絡したところ待ち合わせの後ここへ連れてこられた。他人事ながら、もっと慎重に、せめてなんらかの益をもたらした後とか、相手について調べるだけ調べてからにすべきではないかと思ってしまう。
「ここはあなた方の隠れ家ですか?」
「まぁ、そんなところです」
あっさり肯定をしてくるところがまた、人が良すぎるというか頭が悪いと思う。勿論カリンは彼らに対して悪意はないが、今の彼らはいくら警戒してもし過ぎではないという状況だろう。
現在、この倉庫内にいる人間は6人。一応皆、それなりに訓練を受けている者だとは思うが、こちらからみて使えるレベルの人間は一人、最初にカリンに声を掛けてきた男だけだ。仲間内ではアードと呼ばれリーダーとしてふるまっているが、おそらく彼は母国でそれなりの地位の者なのだと思われる。カリンと情報交換として話すのは基本彼であるため、最初からカリンはそのリーダーの男に向かって口を開いた。
「まず、あなた方が救い出したいという相手……ドートーのもとにいる女性ですが、彼女に逃げる意志があるかを聞いたところ、ない、との事です」
相手の表情が途端、険しくなる。ただ話を聞いているだけの他の面々は、声は出さないものの身を乗り出してカリンに敵意をむけてくる。
それを瞬時に確認して、カリンはすぐに話を続けた。
「勿論、私がここでそう言ったからといってあなた方がすぐ納得できるとも思いませんし、そもそもそれが本当にあなた方が救いたい方からの返答なのか疑われても仕方ないと思っています」
いくらここの連中が人が良い者ばかりだったとしても、さすがにここでカリンの言葉を即信用する程馬鹿ではない。目の前の男は慎重に考えているようだが、後ろの連中は皆こちらを睨みつけてきている。明らかに反感を買っているようだ。
「だったら……」
とうとう我慢が出来なくなった者が何か言い出そうとしたが、それを手で制してリーダーである目の前の男、アードがカリンを真っすぐ見てくる。その瞳には怒りはなく冷静だった。
「つまり、貴女はそれがあの方の意志であるという証拠が出せるという事ですか?」
彼等がここにいる意味を否定するような事を言った訳であるから怒る者がいるのも不思議ではない。ただこの男だけは信じたくないだろうその情報に対しても冷静に真偽を確かめようとしている。つまり公正で信用出来る人間だ。
「今ここで出す事は出来ません。そもそも何を持ってきたとしても、それが本物かどうかの証明をまずしなくてはなりませんし」
相手は頷く。こちらの意図を読もうとじっとこちらの目を見つめて。勿論それで読まれるくらい、カリンが感情を顔に出したりはしない。
さて、ここから、彼らがどう出るかによって話が変わる――カリンは軽く息を吸うと主から言われた事を頭で確認して目の前の男に告げた。
「ただ証拠以前に、あなた方に考えて欲しい事があります。彼女を助け出す事が本当に彼女のためになるのかを。……まず、彼女がドートーのもとにいるのは契約だからではないのですか? なら彼女がいなくなった場合、その契約が破棄される可能性を考えましたか? 失敗して捕まり、あなた方の正体が知られた場合、ドートーが彼女や貴方の国に対してどうするかを考えましたか? 捕まるくらいなら死ぬという覚悟なのかもしれませんが、彼女があなた方の死を自分のせいだと責めたり嘆いたりするのは構わないのですか? それらを考えた結果、彼女が逃げる気はないという返事を返すのは当然だと思いませんか?」
そこまで言うと、目の前の男も何も言い返せないようで、唇を噛み締めて下を向いた。彼の後ろにいる面々の方もすっかり意志消沈といった様子で皆揃って俯いている。この反応を見るに、彼らが本当に彼女の事を考えてここにいるのは確かそうだ。……全員が全員同じ考えでいるかまでは分からないが。
「それに、他国の奴隷と違ってここクリュースなら、まず酷い扱いを受ける事はありません。更に言うならドートーが彼女に奴隷としての価値を見いだせなくなった場合、ほぼ確実に彼女は冒険者になるでしょう。借金は背負わされますが自由の身です。あなた方が彼女の事を本当に考えているのなら、その時まで待つのが一番良いのではないでしょうか?」
それを彼らがまったく考えずにここにいるとは思いずらい。だから何かしら別の事情があるのではないかというのがセイネリアの考えだ。
「それでも尚、彼女をドートーから取り戻そうとするのは何故です?」
聞けば、アードという男は険しい顔をしてカリンを真っすぐ見て言ってくる。
「私達はここにくるまで、とある方から支援をしてもらっています。貴女の事は信用出来る方だと思っていますが……貴女の言う事を簡単に全て信じる訳にはいきません」
――つまり、支援者から聞いている情報とこちらの出す情報が違うという訳か。
だから、彼女が逃げる気がないと伝えた時に皆攻撃的だったのだとカリンは思う。
そしてその支援者が彼等を利用しようとしている張本人の可能性が高い――というのはこちらだけが分かる事だが、義理堅そうなこの男が支援者からの情報を簡単に否定する事は出来ないだろうし、その支援者を教えろと言っても言わないだろう。
勿論、この辺りも主の予想の内なのでなので困る事はない。いうべき事は用意されている。
「あなた方が何が正しいのかわからなくなる気持ちはわかります。ですが我が主は無益な血を流すのは好みません。ですから、彼女本人から直接彼女の意志を聞いて、納得したら諦める、というのはどうでしょうか?」
どうやって、と返してきた男にカリンは微笑んでその方法を話した。
次回はセイネリアがパーティの面々に説明する話。