20・仲間
セイネリアと話をしたせいか、奴隷女はその夜は歌わなかった。
いくら許可を取ったとはいえあまり長く話し込むとドートーに何を言われるか分からないため、目的の話が終わってすぐにセイネリア達はカーテンの向こうへ戻った。そこからは一度も彼女とは話さず朝が来た。ちなみに今夜に限っては部屋の外、廊下の警備は屋敷の兵が配置されていたからずっとセイネリアはアンナと共に部屋中の警備をしていたのだが、彼女はその間に奴隷女との話については何も聞いてこなかった。
だから勿論、交代をして、部屋に戻って即、聞かれる事になる。
「さて、ぼーやぁ、いろいろ聞く事があるの、分かるわよねぇ?」
アンナの口調はいつも通りの緩いものだが、やはり目は笑っていない。というか、怒っているのだろう。何に怒っているのかは大方予想はつくが。
「あんた達に相談せず、勝手に動いていたのは悪いと思ってる。だが、何も見えてない不確定な情報しかないところで話しても混乱するだけだろ」
睨んでいたアンナがそれを聞いて溜息を吐く。
「一応、悪いとは思ってた訳ね。で、そろそろ話してもらえるのかしら?」
「あぁ、さっき彼女と話してある程度確定出来たからな、今夜皆に話す。あんたも今ここで話すんじゃなく、皆と一緒の時でいいだろ。二度手間はしたくない」
「そうね……それでいいわ」
それでやっとアンナの表情から完全に力が抜ける。いつも通りの緩い笑みを浮かべて、彼女は安堵したように自分のベッドの上に座った。
セイネリアも自分のベッドの上に座って彼女に聞いてみた。
「あんたもこの仕事はいろいろひっかかる事があって嫌な感じがしてたんだろ?」
そもそも本気で攫う気ならわざわざ予告してやるものじゃない。ましてや、いつ攫いにいくかまで教えるなんてあり得ない。
「えぇ……そうね、本気で攫う気がある連中が狙ってるとは思えない」
「だからとりあえず、こっちであの奴隷女についてと、例の紅の西風団とかいう連中について調べてみたんだ」
「あんたがたまに外出してたのはそのせい?」
「そうだ」
「で、それで分かった情報を話す事で、ドートーに彼女と話す許可をもらった。彼女に確認したい事があったからだ」
アンナはそれで気を抜いたように息を吐くと、靴を脱ぎだした。
「なるほどね、それでさっきの状況なのね」
「そういう事だ」
セイネリアも装備を外して床に置いた。
「まァとにかく、あんたがパーティ無視して一人で突っ走ってるんじゃないっていうのは分かったわ。自分の腕に自信があるタイプはそーゆーの多いじゃない」
「パーティーメンバーがあまりにも使えないならそうする事もあるが、あんたらなら協力して仕事をしたほうがいい」
すると彼女は寝る準備を止めて、こちらを見て来た。
「そういう生意気言うところが、あんたもまだわっかいわよねぇ」
「それを補うために場数は踏んできたつもりだ」
「まぁ、そうねぇ……そういう面構えはしてるわね」
にたにたと笑いながらこちらを見ているから、セイネリアも彼女の方を見て言ってみた。
「あんたの言ういかにも若い、というタイプはセルパみたいなのだろ」
アンナはそれで目を丸くしたが、そこから腹を抱えて笑いだす。
「えぇそうね、セルパはもー、いっかにも腕自慢のガキ大将でしたって感じよね。きっとディタルがいなかったら、早いうちにどっかで大失敗して死んでてもおかしくないタイプ」
確かにセルパは典型的な脳筋タイプだから、手綱を握る人間がいなければ勝手に突っ込んで勝手に死ぬ可能性があるなとセイネリアも思う。
「でもね、そういうイノシシみたいなのが、いじましく仲間のためになろうとしてるの見るとかわいーじゃない。もう見てるだけで微笑ましくてねぇ~、おまけにあいつら馬鹿みたいに正直者じゃない? なんか見ててすごい気分いいから一緒に仕事してンのよ」
そういう言い方をしてるところからして、推察できる事がある。
「ムカつくような連中と組んで嫌気でもさしてたのか?」
「そ。そんな時にあの子らと仕事で会ってね。なーんか助けてあげたくなっちゃったのね」
気心の知れた固定パーティではなく、仕事仕事で組む人間が違う場合はどうしても嫌な奴に当たる事はある。実際、セイネリアも最初の仕事ではろくでもないのと組んだ訳だし。
「あの爺さんもあんたと似たようなものか」
「そーねー。私が弟たちを見てるお姉さん気分で、爺様は孫を見てる気分じゃない?」
その発言自体は呆れるが、見たところ確かにそんな感じではある。セイネリアには彼らの気持ちは分からないが、少なくともこのパーティーは信用出来て腕も悪くないから組むにはいい連中だとは思っている。
見ればアンナはもうベッドで寝転がっていて上掛けにくるまっていた。それ以上話はなさそうだったのでセイネリアも寝る事にした。
昔からなんでも一人で帰結していたから、正直セイネリアには仲間という感覚はよく分からない。ただ自分に対して悪意がなく益となる人間は出来る限り助けてやるし、悪意をもって接してきた人間はそれなりの報いを受けてもらう事にしている。基本的に他人に興味はないから打算で相手を見るしかない。
だが、セイネリアがベッドに入ろうとすると、先にベッドで寝ていたアンナがこちらを向いて聞いてきた。
「ねぇ……あんたは、彼女の境遇に同情して、出来れば彼女を救いだそうとしてる連中も助けたいって思ってる訳?」
「同情はしていないぞ」
「なら、どうして連中を助けるような方向で話をつけたの?」
「別に助けたい訳ではないな」
彼女は顔を顰めて黙った。だからセイネリアの方から説明してやる。
「あの女を救い出すつもりなら連中はただの彼女の忠臣という可能性が高い。殺した方がいいような人間じゃないし、殺せばあの女は勿論、俺達も後味が悪いだろ。ならすんなり諦めて帰ってもらうのが誰にとっても一番いい」
アンナはじっとこちらを見ている。無視してセイネリアは目を瞑った。
「戦闘が起こらなくて残念、とか思わない?」
「別に。仕事は出来るだけ楽に、確実に遂行するべきだ」
「ふぅん……」
噂話通りの戦闘狂とでも思われていたか。
アンナは暫くこちらを見ていたが、やがて動いた気配がして、彼女も眠ったようだった。
アンナとしては唐突に例の彼女との話をみたので当然責められますね……っていうシーンとこっちのパーティー面子の話をちらっと。
次回はまたカリン側の話。