18・才能2
「美貌を才能と呼ぶ女は初めて見たが、確かにそう考える事は出来るな」
セイネリアが言えば、彼女はただの説明をするように答えた。
「えぇ、生まれながらの私の才能です、頭がいいとか、力が強いとかいうのと変わりません」
「それらはあんたの才能と違って後から身に着けたものではないか?」
「でも、元の才能があった上でのものではないですか?」
「かもな」
もうか弱そうな女を演じる気は一切ないようで、彼女は少し忌々し気に呟いた。
「ただ私の才能は確実に今を一番としてあとは落ちていくばかりです。そしてある一定の年齢になればほぼ使えなくなります。時間的制限が厳しい才能です」
「確かにな。だが力や頭の良さなんてのも歳を取れば衰えるものだ。才能によって使える期間が違うだけの話だろ」
彼女はそれに苦笑して、それからまた少し偉そうな声で言った。
「その通りです。ですからそこも考慮する必要があります。私の才能は、今の一番良い時に、一番効果的に使う必要があったのです」
「つまり、一番綺麗な時に一番高く売りつけたのか、ドートーに」
「そうです」
彼女の考え方なら、そう考えるのは当然だろう。ただ、となれば少し疑問も湧く。
「あんたならもっと高く売りつけられたろうに」
いくら大国の金持ちとはいえ、たかだか平民に売るのは勿体なかったのではないか――その疑問に対して、彼女は表情を曇らせる。
「……仕方ありません、急を要したので。ですが、長年煩わされていた我が国の危機を回避出来ましたから、後悔はしていません」
「ディスティナンの脅威から逃れるために、ドートー商会の倉庫を作る事がか?」
彼女は一瞬、また驚いた顔をしたが、すぐにそれは消えて笑みを纏う。
「貴方は下調べをして分かっている状態で、相手に確認をするのですね」
「まぁな、それで嘘をつくような人間かどうかも分かる」
「それは確かに」
軽く声まであげて楽しそうに笑った彼女は、吹っ切れたように空を見上げるとバルコニーの手すりに寄りかかる。そこから大きく息を吐いて、こちらを真っすぐ見てきいてきた。
「それで、私に何を聞きたいのですか?」
その顔は本当に歳に似合わず場数をこなした娼婦のようで、だが自分の『才能』を磨くために常に努力してきたという彼女の話からすれば当然かとも思う。なにせ彼女が相手をしてきた連中は駆け引きの強者ばかりだ、その分の経験の重みが今の彼女を作っているのだろう。
「ドートーがあんた周りの警備を強化したのは、あんたを攫うという予告の手紙が届いたからだ。それは聞いてるだろ?」
「えぇ」
「で、俺が聞きたいのは、その手紙を出した奴にあんたは心当たりがあるんじゃないか、という事だ」
女はこちらの表情を伺うように見てくる。セイネリアとしても、ここですんなり彼女が答えるなんて思ってはいない。
「あんたを攫う、というより、あんたの国の者があんたを救い出そうとしてるんじゃないか?」
月明りの下であるから彼女の顔色は分からないが、唇を噛み締めるようなその反応だけで返事がなくても答えは分かる。
「もしそうであるなら、あんたはそれを止めるべきだ」
言えば、その言葉の意図がすぐに理解できなかったのか、彼女は胡散臭そうに顔を顰めた。彼女が何か言う前にセイネリアはそのまま言葉をつづける。
「もし予告通り、あんたの国の人間があんたを助けにここへ来たら、俺は躊躇なくそいつらを殺すぞ。それが仕事だからな。そして死体があんたの国の人間だとわかったら、ドートーはあんたの国から手を引くだろう、なにせ契約を破ったのだから。勿論、連中が上手くやってあんたが無事救出されたとしても、既にドートーは手紙を出した連中があんたの国の人間ではないかと疑っている、あんたの国とドートーの仲に亀裂が入る事は間違いない」
眉を寄せて話を聞いていた彼女は、言い切ったと同時に溜息をついた。
「つまり……どう転んでも、実行した段階で悪い事しか起きない、といいたいのですね」
「そういう事だ」
「止められるものなら……」
言いながら彼女は顔を下に向ける。彼女が先ほど、現状に後悔していないと言った段階で彼女自身に逃げる気がないのはほぼ分かっていたが、この反応なら彼女と例の連中は繋がっていないと思っていいだろう。つまり国の中で彼女を慕う連中が勝手に彼女を救い出そうとしてやってきた、というセンが濃厚な訳だ。
「なら、もし連中が来た時、諦めて帰るよう説得してもらいたい。それを約束してくれるなら、連中を極力殺さないようにしてやろう」
彼女との会話はここまで。次回はカリン側の話。