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黒の主  作者: 沙々音 凛
【番外編:或る女の願い】
1120/1189

17・才能1

 聖夜祭が近い空の月は大分明るい。

 ランプなどなくても、夜中ながらバルコニーに出た女の姿はその輪郭だけではなく顔まではっきり見える。月明りに浮かぶ女の姿は確かに息を飲む程美しいと言えるのだろう……普通ならば。セイネリアの場合、女のその美しさよりも女がこちらを見るその明らかに不快そうな瞳の方に目が行くのだが。


「また歌を歌うのか?」


 聞けば女は気づいたように表情を一変させて、いかにも怯えているように言ってくる。


「勝手に……私に話しかけてもよいのですか?」

「あぁ、ドートーには許可をもらってる」


 それには明らかに女は驚いた顔をした。ドートーの彼女に対する執着ぶりを考えれば当然の反応だ。ただの警備の雇われが、深夜にカーテンをくぐって彼女の寝所へくるだけでもあり得ないのに、こうしてバルコニーまでやってきて彼女に話しかけるなどドートーが許す筈がない。

 勿論、2人だけで、というのは許されていない。今回だけはアンナとセイネリア2人共が部屋の中での警備をするようドートーから指示されていた。つまり今、アンナもセイネリアの後ろにいる。またこの部屋付きの侍女も一人、一緒に仕切りのカーテンをくぐって部屋の中からこちらを監視している。そしてもう一つ、いつでも自由に話しかけていいとも言われていない。ドートーが許した会話の機会はこの一度きりで、だからその一度で彼女から知りたい情報を手に入れて、こちらの要求を伝えなくてはならない訳だ。


「勿論、もらった許可はあんたと話す事だけだ。あんたには聞きたい事があるからな。それ以上は何もしないから心配しなくていいぞ」

「どうやって、その許可を得たのでしょうか?」


 怯えた表情を作ってみせてはいるが、彼女の目はじっとこちらの目を見ている。それだけで彼女が並みの度胸の女ではない事は確定だ。思わずセイネリアがくくっと喉をならして笑ってしまえば、女の表情がそこであきらかに切り変わった。


「貴方……何を企んでいるのです?」


 今度は声に怯えた様子はない。取り繕う事もなく警戒をあらわにして、彼女はこちらを睨んできた。


「俺は受けた仕事をやり遂げる事しか考えていないぞ、企んでいるのはあんたじゃないのか?」


 セイネリアが笑みを浮かべたまま茶化して返せば、女は何も言わずただ益々顔を顰める。


「猫を被ってご主人様を上手くあしらって……その歳で随分と手慣れたものだ。状況的にはどうみても何か企んでいるのはあんたの方じゃないか?」


 女は尚もこちらを睨んでいたが、諦めたように大きく溜息をつくと視線を外した。


「そうですね……貴方は騙せていないだろうとは思っていました」

「俺は娼館生まれなんだ、上手い嘘をつく女は見慣れてる」


 彼女は呆れたような顔をしたが、唇に自嘲を浮かべてから溜息をついた。そこにはドートーの前で見せているような儚げで控えめな様子は全くない。


「確かに……娼婦と同じようなものですね、そこは否定しません」

「別に俺は馬鹿にするつもりで言ってないぞ。娼婦は男を騙すのが仕事だ。あんたもそうだっただけだろ?」


 すると女は少し得意げに胸を張って、堂々と宣言する。


「えぇそうです、それが私の仕事でした」


 王女なんてものは国からすれば政治道具の一つだ。それがとびきりの容姿で生まれたのならとびきりの取引材料として使える。あとはどう利用して、どれだけ高く売りつけるかの問題だ。幼い頃から彼女はそういう扱いを受けてきたのだろう。


「私、美人ですから。小さい頃から容姿を褒められて、皆からちやほやされて生きてきました。不満を漏らす兵も、嫌味をいう高官も、高圧的に命令をしてくる他国の王でも、私が悲しそうな顔でお願いをすると言う事を聞いて下さいました」

「だろうな」


 思わずそう返せば、彼女は強い声で言った。


「この美貌は天から与えられた私の才能です。だから私は王女として生まれた以上、この才能を国のために最大限に生かそうと努めてきました」

「成程、確かに仕事だ」

「はい、仕事です」


 彼女の他人事のような言い方に少し思うところがあって、セイネリアは聞いてみる。


「……ちなみに、あんたがその才能を生かすために努めてきた事とはなんだ?」


 そんな事を聞かれるとは思わなかったのか、彼女は不審そうに眉を寄せてこちらを見て来た。


「それは……髪や体の手入れ、肌を白く保つ事、香水やドレス、装飾品の組み合わせの研究、言語を含め外交で会う国についてや、男性の喜ぶ会話の勉強等……でしょうか」


 やはりこれは頭のいい女だ、とセイネリアは思う。自分の容姿に自信を持ってそれを利用して男を手玉にとる女は多いが、そういう女達と彼女の一番違う部分は自分の美しさに酔っていない事だろう。この女は自分の容姿を才能と見て、着飾る事さえその才能を伸ばすための手段としか思っていない。つまり、自分の容姿に見惚れて己惚れるナルシストではないという訳だ。聞いている間に、また思わず笑ってしまった。


彼女との会話は次回まで。

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