16・接触
ワラントの情報屋は娼婦達のネットワークである――という事は、ワラントの名が分かる者なら誰もが知っている。さすがに一般冒険者で知っている者は少ないとはいえ、裏の仕事を受けたり、情報屋を使おうとした者なら大抵は知っている。
あれからリシェにやってきたカリンは、言われた通りにリシェの酒場でユラド出身者がいないか聞きいてまわって、何者かにつけられたとしても放置していた。カリンはリシェでも当然ワラント系列の娼館に滞在していたから、ワラントの情報屋がユラドの人間を探しているというのはおそらくそういう連中には伝わっている筈だった。
カリンの主である男は、カリンに目をつける人間にはおそらく3種類いる筈だと言っていた。そして向こうから直接接触をしてくる者――襲撃してくるかもしれないが――の方に関しては、向こうも敵か味方か判断しきれていないだろうからいきなり殺す気ではこない筈だと言っていた。だから注意として、ユラド出身者について聞いて回る時は、少なくとも敵対している相手を探している風ではなく、困っているような様子にしておくといい、とも言われている。
その言葉が意味する事を、カリンは大体は理解していた。
そして、主の思惑通りの事が起こった。
「貴方に聞きたい事がある」
ユラド出身者の話を聞くようにして2日目、酒場を2件程回ったところで隠れずについて来ている人間がいる事を察したカリンは、そこから一番近い裏路地に入った。そのまま歩いて、通りの喧噪が遠くなったあたりで後ろからやっと声を掛けられたという訳だ。
「なんでしょうか?」
カリンは後ろを振り向いた。そこに立っていたのは男が一人だけだが、近くにもう2人程隠れているようだ。もっと言えばその更に後ろにも怪しいのがいる。とりあえず遠くで見ている連中はおいておいて、目の前の者達に関してはこちらも4人、隠れて近くにいるから戦闘になってもまず遅れを取る事はないだろう。少なくとも最悪逃げられればいいのだから問題はない。
立ち姿だけでもきちんと訓練を受けた者と分かる男は、片手を腰の剣にかけて警戒はしていても丁寧とも言える落ち着いた声で聞いてきた。
「貴方は何故、ユラド出身の人間を探しているのですか?」
どうやらマトモな人間らしい――相手の態度を見てカリンは内心安堵する。
そうであるならどう返すかも主から指示を貰っている。
「あるユラド出身の高貴な女性について聞きたい事があるからです」
明らかに狼狽えた様子はないが、緊張感から向こうが動揺しているのが分かった。
彼らは今、カリンが敵なのか、それとも味方になり得るのか迷っている。普通ならこの街で彼らの事を好意的な意味で探している者はいない筈だが、その探している人物が女で、しかも娼婦達の情報屋――女性の味方と取れる段階でまさかという思いが生じている。
実際、味方か敵かはまだ決まっていない。だからカリンはそれを正直に言ってやる。これも主の指示通りで、まずカリンが目指すのは彼等に信用をしてもらう事だった。
「あなた方が私の思う人達だったとして、私はまだ敵でも味方でもありません。まず希望するのは情報交換、勿論話したくない事を無理に聞く気はありません。それに私はあなた方の欲しい情報を持っていると思います」
海の向こうの小国から来た連中なら、知らない土地で何も分からない中、どんな些細な事でも『彼女』の情報は喉から手が出る程欲しいだろう。余程好戦的な連中でもない限りこの申し出に乗らない訳はない。
それでも少しだけまだ迷うだけの間があって、それから向こうは思い切ったように腰の剣に掛けていた手をおろした。
「分かりました。敵でない事が本当なら、情報交換に応じます」
カリンはフードを下すと、男に向けてにこりと笑ってみせた。それは相手を安堵させるためと、自分自身安堵したからもあった。今のところは全てが主の思う通りに進んでいる、そういう意味の安堵だ。
「少なくとも現時点ではまだ敵でない事は保証します。というか、敵になるか味方になるかはそちら次第です」
相手も思った通り、明らかに安堵した空気を纏った。だからこういう役はセイネリア本人がやるより女であるカリンがやる方がいいのだろう。
次回はセイネリアと例の彼女の話。今回そこもちらっと入るところまでいけると思ったら、カリンの話だけで1話分の文章になってしまいました(==;;