15・交換条件
ほぼ予想通りの内容を聞いて、セイネリアはわざと軽い口調で言った。
「つまり彼女は、ユラドに倉庫に作る際の交換条件としてあんたに売られた訳か?」
ドートーが更に目を剥いてこちらを凝視してくる。今度は驚き過ぎて声も出ないらしい。さすがにこちらがそこまで調べているというのは想像もしていなかったようだ。
「俺はユラドという国を知らないが、地図でみたところどう見ても小国だ。そして隣には確実に格上のディスティナンがある。そうなるとユラドとしては実質的にディスティナンの属国になるか、脅威に怯えながら表面上は友好国として頭を下げ続けるかのどちらかになる」
見てすぐわかる国土の広さも当然あるが、向こう方面に行くのに『ディスティナン方面』と名前を出すのだからディスティナンはあの辺りで一番発展した国であると考えていい筈だ。ならばその隣にある小国の運命など、地図だけでも大方予想がつく。
「そしてもし後者なら、自国を守るためにディスティナンより格上の国に後ろ盾になってもらいたい、と考えるのは当然だ」
ドートーはやけくそのように机を叩くと、頭をぐしゃっと掻きながらそこでまた派手に大きなため息を吐いた。
「その通りだ。ユラドにウチの倉庫があればディスティナンはへたに軍事侵攻は出来ない」
いくらディスティナンがその周辺では一番の強国だと言っても、財力的にはクリュースの一商人であるドートーにも敵わない。それくらい、クリュースと他国では国力の差がある。
「その代わりに王女を渡せと言った訳か」
「……俺が言ったんじゃない、向こうからの提案だ。勿論、俺が彼女に求婚していたからだろうが」
この辺りの事情はほぼセイネリアの予想通りだ。ただここまではいいとして、いくつか不明なところがある。そこは無視できる部分ではないため、出来るだけ早く確認しておきたかった。
だからある意味ここからが、ドートーとの交渉の本番とも言える。セイネリアは、わざと困ったようにこちらも溜息を吐いてみせた。
「それにしても、警備する側としてはもう少しこの辺りの事情を話しておいて欲しかった。警備上の都合は勿論、事前に話しておいてくれたならこちらでもっと早く『紅の西風団』についても調べられたかもしれなかったのにな」
ドートーはそれには気まずそうな顔をした。おそらくは彼のプライド的に『求婚して断られたから条件をつけて無理やり手に入れた』と思われたくなかったのかもしれない。
「『紅の西風団』がユラドの人間だった場合、一つ大きな問題がある。連中が彼女と繋がっているか、いないかだ。つまり……彼女は最初からあんたのところから逃げ出す前提で奴隷となり、予定通り国の者がが助けに来たのか。それとも彼女の意志に関係なく、彼女を助け出そうとした者がこの国にやってきたのか」
それによって警備の方針がかなり変わる。
あともう一つ、彼女が逃げたがっているかいないかもあるが、そこはドートーに言わないでおく。どうせ向こうも、まだこの件についてこちらに話していない事がありそうだし、こちらの考えを全部向こうに教える気はない。
「確かに……それは、重要だ」
顔を顰めて考えだしたドートーは、彼女の様子を思い出してそこから判断しようとしているのだろう。
「そういう訳で、手っ取り早く彼女本人から聞き出したいんだが」
そこでまたドートーはぎょっとしてこちらを見る。
「聞いて真実を答える訳がないっ」
「勿論、直接それを聞いたりはしない。普通に会話をして、手がかりになる発言をするように誘導するのさ。そのために、彼女と話す機会が欲しい」
ドートーはこちらを睨んで考える。彼が自分とあの奴隷女を接触させたくない理由は分かってる。
「あぁ、さっきも言った通り契約違反をする気はないからな、少なくともあんたに雇われてる間は彼女には絶対に手を出さない。あんたは警戒してるようだがな」
「……だが、彼女を前にしたら……分からないだろ」
「大丈夫だ、女には困ってない」
当たり前のように言ってやれば、ドートーは少しあっけにとられて……それから自嘲の笑みを浮かべた。
「成程……そういう取り方もあるか」
「あんたが雇い主としての契約を守っている限り、俺も契約を守る」
ここまで延々とこちらの調査内容を話してやったのは、ここでドートーに首を縦に振らせるめだ。ただ彼女と話したいと言っても却下となるのは分かっていたから、こいつなら彼女から何か聞き出せるかもしれない、と思わせる必要があった。
そうしてドートーは暫く迷った末、了承の返事を返した。
次回はカリンの方の話。もしかしたらちょっとセイネリアと彼女の会話も入るかも。