14・正体
わざわざ祭りの間と指定してきた段階で事前に何か起こる可能性は低くはあったから当然といえば当然だが、セイネリアがドートーの屋敷の警備に入ってから今のところ、特に問題は起こっていなかった。
屋敷の構造は入れない場所以外は大体把握したし、警備兵とも……聞けば答えてもらう程度には顔見知りになった。他の面々も、まだ本番でないというのは大きいが、環境に慣れたのもあって自分の番ではない時はリラックスして屋敷生活を満喫していた。
その日、セイネリアはまた朝から夕方までの番になったという事で、行動を起こしてみる事にした。とはいっても何か仕掛けるというのではなく、単にドートーと直接話そうというだけだ。ドートーは朝食を奴隷女の部屋で済ませ、歌を聞いて出てくる時は明らかに機嫌がいいし、時間的にも余裕がありそうだった。だから、彼が出てくる時に少し足を止めて貰って、小声で聞いてみた。
「彼女を狙っている連中に関して、少し聞きたい事がある。こちらからの情報も渡すから、話す時間を作ってもらいたい」
ドートーは嫌そうに顔を顰めたが、怒声を返す事はなかった。代わりにこちらを一瞥して。
「分かった、夜に時間を作る。今の警備が終わったら部屋で待機していろ、迎えを寄越す」
返事代わりに丁寧に礼を返せば、ドートーはすぐに歩いて行ってしまった。
思った以上にすんなり了承してきたところからして、セイネリアがワラントの情報屋と繋がっている事くらいは知っていると思ってよさそうだった。
その夜、言われた通り部屋に迎えが来て、セイネリアはドートーと話をしに行く事になった。連れていかれた部屋の中にはドートー一人しかいなかったが、迎えにきた兵がそのまま部屋の壁について待機したため、セイネリアはまず最初に彼に言った。
「出来れば他の人間がいない方がいいんだが」
ドートーが椅子に座ったまま顔を顰める。後ろにいる兵からも明らかに敵意が向けられる。だからセイネリアは腰の剣を外して、兵に向かって差し出した。
「悪いが話が終わるまで、あんたにはこれを預かってもらいたい」
兵は一応剣を受け取ったが、まだ不服そうではあった。だが、ドートーはそこで不機嫌そうながらも大きく息をつくと、兵に向かって声を上げた。
「部屋の外に出ていろ、何かあったらすぐに呼ぶ」
この兵はその辺りに配置されている連中とは違い、ドートーの腹心の部下か、そこまでいかなくても普段から身辺警備を任せているくらいには信頼している者なのだろう。腕の方も確かに他の連中と比べたら各段に上だ。ただ流石に主の命には逆らう気はないようで、兵はそこで了承の礼をすると部屋を出て行った。勿論、セイネリアの渡した剣を持って。
そうして部屋の扉が閉じると、ドートーはまた溜息をついてから椅子の背もたれに体を預けた。
「ふん、武器のありなしなど関係ないだろ、お前の場合。その気になれば俺程度など素手でもすぐ殺せる、違うか?」
「違わないな。だが今、あんたは雇い主だ、契約違反を犯す気はない」
そこでドートーは軽く侮蔑の笑みを浮かべてこちらを見る。いわゆるムカつく顔ではあるが、だからと言ってセイネリアが感情的になる事はない。
「そこは信じておこう。で、聞きたい事はなんだ? それとも先にお前の持っている情報を話してくれるのか?」
流石商人は交渉となれば話が早い。
「あの奴隷女はユラド王国の人間か?」
言えば、ドートーは驚いて目を見開いた。
「どこで知った?」
「調べただけだ」
ドートーはまた大きく溜息をついた。それで落ち着きを取り戻したのか、今度はこちらを真正面から見据えて言ってきた。
「成程、それは娼婦の情報屋に調べさせたのか」
「まぁ、そんなところだ」
それを知っているとなれば、やはりこの男はセイネリアの事をかなり調べ上げている。セイネリアが情報を渡すと言ったのを馬鹿にしなかったあたりからそうだろうとは思っていたが。
「一応まだ予想の話だが、例の『紅の西風団』というのは彼女を取り戻そうとしてるユラドの人間なんじゃないか?」
ドートーの顔が顰められつつも気まずそうに歪む。つまり、この男もその可能性を疑っていたという事だ。
「何故そう思う?」
「彼女はユラドではかなりいい身分だったんだろ? 王族か、それに近いくらいの」
「そう思った理由は?」
「国外からきた人間の割にクリュースの公用語の発音が良すぎる。それにところどころ、そういう身分の人間らしいクセが見える」
ドートーは溜息を吐きつつ片手で顔を覆った。どう見ても正解だろう。
「……ルーテアはユラドの王女だった」
ここの会話は次回まで。