13・ドートー
首都セニエティは城を頂点として下に広がる扇型をしているのだが、更にその土地は北東から南西にかけてゆるやかな下り坂になっている。街の北東には街からはみ出すようにしてリパの大神殿があって、ここが一番土地としては高台となる。この地形を利用して北東にある水門から定期的に水を流して街全体の清掃をしているのだが、位置的にその管理は大神殿が行っていた。
まぁ、人間というのは高いところに住む方が偉いと思い込むものらしく、土地的に高い位置程裕福な者達が住んでいて、低くなるほど治安が悪い。例外は街を十字に走る大通り沿いで、ここは東西南北関係なく商売人にとっては一等地だ。そしてその大通りで区切って、街の上半分、北側を上区、下半分の南側を下区と呼び、それに東西をつけたして土地の高い順から(つまり裕福な順から)東の上区、西の上区、東の下区、西の下区、と4つの地区に分けて区別する。
つまり、裕福な大商人であるドートーの屋敷は東の上区の中でも上の方にあって、ワラントの屋敷がある色街は東の下区にあるからそれなりに移動には時間が掛かる。前回は事前連絡なしで急ぎだったからセイネリアが直接ワラントの屋敷に行ったが、今回はカリンの方が報告にくるという形で東の上区にある個室型の酒場で待ち合わせた。
「何か面白い事は分かったか?」
先に来ていたカリンの前の席に座ると、彼女は顔を隠していたフードを下してほっとしたような表情でこちらを見て来た。
前回ワラントの屋敷で具体的に調査方針について話し合った結果、カリンにはいきなりリシェに行って貰うのではなく、先に首都でワラントの情報網を使って調べられるだけ調べてからリシェへ行ってもらう事にした。今日はリシェに行く前の調査報告だ。
「はい。まずドートーについての調査内容を報告します」
少し緊張した声でそう言ったカリンは、筒に丸めた紙を取り出すとテーブルの上に広げた。どうやら地図のようだ、それもこの国の地図ではなくもっと広い、周辺国も含めた地図だ。
「ドートーが取引しているのは、ここにあるサフレッド王国と、この辺りに点在してる島国達、それとここのディスティナン王国、オールネイノ帝国、ですね」
どこもクリュースからすれば南方面ばかりだ。アンナからゼノア島というところと取引しているらしいと聞いたが、それはカリンが言った島国の中の一つだろうか。
「結構手広くやってるな」
思った以上に取引場所が多い。これを絞るのはなかなか面倒だが、セイネリアには少し考えるところもあった。
「一応、こちらが各国の主な取引商品のリストです。これは、ここ3年のドートー本人が船に乗って出かけた時期と、その行先です」
カリンから渡された書類を受け取るとそれに目を通す、と同時に聞き返す。
「ドートーの様子が変わったという話はあったか?」
「はい、ドートーですが、今までは船が出せる時期には屋敷に長期滞在する事はなかったそうですが、去年の秋、ディスティナン方面から帰ってきた後からは船に乗っていません」
「去年の秋からだとほぼ丸一年か、船自体は出しているがドートーは乗らなくなったという事か?」
「はい、買い付けは部下に任せて、首都の屋敷にいるようになったと」
これは確定だ、セイネリアは地図を見て指を差す。
「ディスティナン王国方面、という事なら、ディスティナンだけではなく、その周囲にも行っていると思っていいか?」
「はい、そうです」
「ディスティナンにドートー商会の倉庫があって、そこを拠点として周辺国にも行っているのか?」
「いえ、倉庫はディスティナンにはありません。その方面の倉庫は山を挟んで隣国になるユラド王国にあるそうです」
「その倉庫は最近作ったのか?」
「はい、例のドートーが最後にディスティナンへ買い付け時に行った時に作ったそうです」
警備兵から聞いた話とここまでの話だけで、ドートーが船に乗らなくなったきっかけはあの奴隷女が原因で、彼女を手に入れたのは一年前のディスティナン方面へ行った時で合っているだろう。
「ディスティナンとユラドの関係性、特にユラドについて出来るだけ情報を集めて貰えるか? もし分かるならユラドの王家周りの人間の話も知りたいんだが」
「一応婆様の情報網の方でも、その方面出身の人間から話を聞き出せないか確認してみますが、リシェで船乗りに聞く方が情報は集まり易いと思います。ただ信憑性の怪しい噂話レベルが多くなるかと……」
「構わないさ、真偽の判断に迷うようなら全部報告すればいい」
「承知しました」
まだすべてが予想の範疇だが、話が少し見えてきたかもしれない。
「あとカリン、リシェに行ったらユラド出身者に心当たりがないか人が集まる酒場あたりで聞き回ってみてくれ。ただし襲われる可能性もあるから隠して護衛を連れていけ。ワラントには借りが出来るが、向こうとしては喜ぶだろうから気にせず頼んでいい」
カリンを危険な目に合わせる気はないが、目立つ分襲われる可能性はある。ただ考えられる相手的にいきなりこちらを排除しようとはしてこない筈だった。
「……分かりました。襲撃者は出来れば殺さず捕まえるか、向こうにその気があれば話し合いにもっていく、という方針でいいでしょうか?」
「あぁ、基本的に向こうから接触してきた奴にはそれでいいが、ただつけてくるだけの奴は放っておけ。どうせお前が戻るのはワラントのところだろ、逆にそこは向こうに知ってもらいたいからな」
カリンはそれに了解を返したが少し疑問も感じたようだった。それでも彼女がセイネリアの言葉に何か意見を言う事はない。……何か感じたなら言った方がいいんだが、と思うが今はそれでいい事にした。