12・冒険者の話
どれだけ贅を凝らした食事も、一緒に食べる者によってはその意味を失くす。とはいえ彼女の『仕事』はどんな食事でも楽しそうに、美味しそうに食べる事だ。そんな事を彼女は物心ついた時からやっていた。だから別にそれを苦痛を思った事はない。ようは『慣れ』だ。
「ルーテア、この果物はフェッツロートと言ってな、南西にあるゼノア島で取れるものだ。首都でこの果物を売っているのはウチしかない。このルビーのような艶やかな赤さが貴婦人たちに大層人気で……」
いつもの事だがこの男の話は7割が自慢話だ。それでも『仕事』としてなら自慢話を聞くのは別に嫌でもない。勝手に話すのを笑って聞いて、適度に感心した声を上げてやればいいだけだからただの作業だ。
だが、あまりに聞いているだけだとこの男はすぐにこう、言ってくる。
「あぁ、すまないな、すっかり一人で話してしまった。何か聞きたい事はないか?」
実はこれが一番困る。話題を探すのが面倒なのだ。そもそも同じ部屋に閉じこもっている段階で毎回違う話題などある訳がない。……と、いつもならここで苦労するところだが今日は違う。
「ではその……冒険者というものについてお伺いしてもよろしいでしょうか?」
何故ドートーがここで冒険者を雇ったのか、その理由はまだ少し怪しいが、それでもこれはいい機会だ。
実は彼女は国にいた時から冒険者について、いろいろ人づてに話を聞いたりして調べていた。ただドートーは彼女が何かに興味を示すとへんな勘ぐりをしてくるからあえて聞かないようにしていた。だが今、その冒険者が傍にいるのなら気になって聞いてしまったとしても不自然ではない筈だった。
「おぉ? 冒険者か?」
「はい、今回私を守って下さる方々は冒険者なのでしょう?」
ドートーは即答せずそこで暫く考える。この主人はそこまで馬鹿ではない、こうしてこちらが何かに興味を向けるとその意図を探ってから答えを返すのだ。
「ふむ、お前は冒険者についてどこまで知っている?」
――ほら、こんな風に。
「噂でよく言われている事くらいです。クリュースが自由の国と言われる所以の冒険者という存在。どんな身分の人間でも冒険者になれば、その評価によって高い地位につける可能性がある、と」
「まぁそうだな、一応それで間違ってはいない」
「冒険者というのはこのような護衛の仕事が多いのですか?」
「ふむ……」
彼女のご主人様はそこでドア前に立っている、例の護衛――冒険者の女に顔を向けた。
「冒険者の事は私が話すより本人に聞いた方がいいだろう。おいお前、名は確かアンナ・クルックだったな、こちらへ来て彼女の質問に答えてやれ」
言われた女は一瞬こちらに視線を向けたが、すぐに主人の方へ顔を向けて笑顔を作ると歩いてくる。
「はぁい、とりあえずーどんな仕事をしてるかを話せばいーのかしら?」
「あぁ、それでいい」
「じゃぁ、まず私達のパーティがよく受けている仕事はね――……」
アンナという冒険者の女がそこから説明をしてくれる――彼女達の仕事は害獣退治等の戦闘前提のモノが多いそうだが、冒険者というものの仕事は農業商業ただの話相手まで幅広くいろいろある。早い話、冒険者というのはなんでも屋で、国は彼ら相手に仕事のあっせん業をしている。依頼人が国の機関に仕事を依頼し、冒険者達はその機関から仕事を選んで受ける――それらは事前に知っている事もあったが細かい部分で知らない事も多かった。
ただ聞いていて面白いと思ったのは国が冒険者に評価としてのポイントを発行している事で、そのせいで報酬の中抜きがあっても冒険者と依頼主双方に国の機関を通すだけのメリットがあるという事だ。他にも上級冒険者というものの存在だとか、ポイントには信用ポイントと評価ポイントがあるだとか……ともかく、何を聞いても良く出来た制度だと感心する。なにせポイントなんて無料で発行できるものを払うだけで、冒険者となって成りあがりたい連中が国外からこぞってやってくる上に、国は彼らへの仕事の仲介で金を稼げるのだ。なんて良い制度だろう。
……ただ、どこの国もマネしたくはあっても他では無理な理由がある事も彼女はすぐ理解した。魔法使いがいない。冒険者用の便利なサービスや彼らの情報を管理するシステムが他国では作れないのだ。
それを残念に思いながらも一通りの説明を聞いていれば、最後に目の前の冒険者は『何か質問はある?』と言ってきた。
だから、彼女は途中から気になっていた事を聞いてみる事にした。
「あなた方はその……かなりポイントが高い方、なのでしょうか?」
ドートーが雇うのだから下の方の人間ではないだろうが最高ランク近い人間には見えない。予想では中の上といったところか……多分、一人を除いて。
「そうねェ……中堅としてはそこそこ評価されてるくらい……かなぁ。ただ評価の割にウチは信用ポイントが高いから割合いい仕事が取れるのよ。でも今回の仕事はちょぉっと戦力的に厳しいかもって思ったから一人助っ人に入ってもらったの」
話の流れ的に、これであの男の事も聞けると思った彼女は言った。
「その一人は……あの、背の高い黒い人、ですか?」
女冒険者は、それにニコリと笑った。
「やっぱー分かるわよねぇ。一人だけ空気違うもの」
「とても、強そうですね」
「えぇまぁ、腕の方は相当ね。まだ冒険者として活動し出したばかりだからポイントはそんなに高くないっぽいけど、実力なら上級冒険者並みかもねぇ」
それから女はこちらに言うでもなく、あの男ならすぐ上級冒険者でしょうねぇ、と呟いた。あの男が彼らの中で別格の強さを持っているのは確定だ。そしてあの男だけはこの彼女が普段から組んでいる仲間ではないらしい。
「まァ、おっかない見た目してるけど、契約はきっちり守る男だから安心していいと思うわ。近づくのはお勧めしないけど」
「そう……ですね、確かに怖い、です」
空気も目つきもただ者ではない、と一目見ただけで思わせるモノがある。
こちらがおびえたような表情を見せれば、暫くして女は真顔で聞いてくる。
「ねぇ、戦闘系の仕事を専門に受けてる冒険者でもね、大きく2種類に分けられるのよ」
やたらともったいぶった、意味深そうな言い方で女はこちらの目を覗きこんでくる。こういう時はヘタに何か言わない方がいいから、怯えた表情のまま彼女は黙って相手が次に話すのを待った。
「そっれはねぇ、害獣退治や化け物退治みたいな人外相手を専門にしてる連中と、傭兵等の対人戦闘を専門としてる連中よ。私達は前者で、人相手は盗賊対策くらいでまず滅多に人を殺す事はないわ。だけど……」
女はそこで言葉を止めて口元を吊り上げる。
つまり、あの黒い男が浮いて見えるのはあの男は後者側の人間だから、という事だろう。ただ言わせてもらえば、そんな事彼女は最初から気づいていた。だから驚く事などないが、ここは更に怯えたように反応するのが正解だろう。
「だから、今回、彼に助けを頼んだのですか?」
聞かれた女は唇に笑みを浮かべたまま目を細める。
「そういう事でしょうねぇ。ウチの連中はやっぱり人間相手は躊躇しちゃうから、躊躇せず殺せるような人間が必要って思ったんじゃないかな」
ね、と女はそこでドートーに視線を投げた。今まで黙っていた『ご主人様』がそこで口を開いた。
「それは正解だろうな、ルーテアに危害を加えようとする奴らに対しては殺さないように加減する必要などない。むしろ全員始末してくれた方が後の憂いが断てる」
確かにあの男なら殺す時は躊躇しないだろうと、あの琥珀の瞳を思い出して彼女は演技ではなく肩を震わせた。
次回はカリンとセイネリアの会話。