表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の主  作者: 沙々音 凛
【番外編:或る女の願い】
1113/1189

10・交代1

 ドートー商会は首都に主人が住む屋敷を構えているが、リシェとその他、国外にも3箇所の倉庫を持っている。国外の倉庫の具体的な場所までは教えてはくれなかったが、首都周辺では船を持っているのが大商人と呼ばれる条件のようなもので――と、ここまでは屋敷に帰った後、警備隊長に聞いたら得意げに教えてくれた話だ。

 まぁ、どこの国との取引があるかなんてのは調べればわかる。カリンからの調査報告が来ればある程度候補は絞れる筈だった。


 セイネリアは今、見張り交代のためアンナと奴隷女の部屋へと向かっていた。ワラントのところで仮眠は取ってきたから体調的には問題ない。

 ちなみにセイネリア達外部からの雇われ護衛の仕事は祭期間が本番であり、それまでは『慣らし』期間という扱いらしい。本番で屋敷の構造が分からないとか、元からの警備兵との連携が取れないとか、そういう事態に陥らないために少し前から仕事に入ってもらったという事だ。この辺りは流石に大商人だけあってケチケチしていない。……それだけ、本番では絶対に失敗は許されないという事だろうが。

 祭り期間になったら彼女の部屋を屋内と屋外両方から警備する事になるが、『慣らし』期間のうちは屋内の廊下の方だけを昼間、夕方、深夜に分けて交代で見張ればいいだけだ。ただし、非番の間に仮眠だけではなく警備兵と交流して屋敷の案内や警備状況を聞いておく事、訓練にも最低一度は参加しておけ、という事だそうだ。


「ってことでぇ、昨夜は私だけ軽く説明受けてきたけどね」


 自分も窓の外の様子を見てきた――という話をわざわざする気もなく、セイネリアは得意げな様子の彼女に言う。


「なら、案内は頼む」

「はぁいはい、仕方ないわね~って言っても、部屋行くだけだから案内なんかいらないでしょ」


 勿論護衛対象の部屋は実際一度行っているからセイネリアも分かっている。


「何かあって賊を追いかけるような事があれば、案内を頼む」


 だからそう言い直せば、アンナはにかっと笑う。


「そーねー、確かにその時はまぁっかせて」


 まだ早朝の屋敷の中は基本静かで足音がよく響く。ただこの時間でも警備は厳重で、目的の部屋へ向かう途中で4人の警備兵とすれ違った。普通ならいくら護衛目的で雇ったとしても屋敷の中、少なくともまだ日が浅い内は外部の人間を自由に歩かせたりはしないものだが、こちらにある程度の自由行動を許しているのはこの警備体制のせいだろうか。正直、交代時間だからいくわよ、と迎え待ちなしでアンナが部屋を出て行こうとした時には『勝手に行っていいのか?』と聞いてしまったくらいだ。

 一応案内をしているつもりなのか前を歩いていた彼女だが、暫く黙っていれば唐突にこちらを振り返ってきた。


「あ、そういえば、私は部屋の中で警備してほしいってー。なんで、あんただけ部屋の外でよろしくねぇ、何かあったら呼ぶから」


 それはアンナが女だからこそ言われたのだろうが、だとすれば少し疑問も湧く。


「なら今、部屋の中には誰が入ってるんだ?」


 現在はまだディタル達が警備をしている。彼らの中には女性はいない。アンナはケラケラと笑いながら即答した。


「そっりゃぁ、爺様よ」

「成程」


 ゾーネヘルトは女ではなくても年寄りだしリパ神官だ。一応部屋の中には侍女たちもいるだろうし、安全だと思われたのか。


「ただそれだと部屋の外は俺一人になるが」


 勿論近くの通路には警備兵がいるだろうが、ディタルや雇い主のドートーはあまり自分を一人にはさせたくないように見えた。


「雇い主様がそう言ったのよ。あの男なら戦力としては一人でも数人分の働きが出来るだろ、ってぇ」


 ドートーはどこまでセイネリアの事を知っているのか。商人が自分の目で見てない噂だけで判断したとは思えないから、代理試合の客の中にいた可能性が高そうだ。一度見た人間の顔は大体覚えているセイネリアも、さすがに試合の観客を全員見て覚えている訳はない。


「雇い主殿は随分俺の能力を買ってくれているようだな」

「そりゃね。っていうかいざとなったらあんた、魔槍が呼べるんでしょ?」

「あぁ」


 別に隠すつもりはないし、あの樹海の仕事後で隠せるとも思っていないからそこは大人しく認めておく。こういうのは勿体ぶって内緒だとか言ったほうがへんに騒がれるものだ。


「それがあれば一人で一部隊並みの働きが出来るって噂されてるからぁ……そのせいじゃない?」

「あの手の得物は屋内じゃ使えないぞ」

「でもあんたなら上手くやるんでしょぉ?」

「あれを使うかは別として、何かあれば状況に合わせて対処はするさ」

「期待してるわ~」


 いかにも無責任そうにそう言った彼女だが、彼女の腕は信用しているし弓役らしく周囲をよく見ているのも分かっている。というかこのパーティの面々は、最初の印象よりも実際は有能だとセイネリアは認識していた。まだ実戦を見てないから確定ではないものの、ところどころ小さな部分で彼らを見直した事が何度かあった。


「はーい、交代よー、おっ疲れ様」


 ディタル達の姿が見えてくるとアンナが明るく声を掛けた。確かに部屋の外にいるのはディタルとセルパだけだ、老神官は部屋の中にいるのだろう。


「特に変わった事はなかったよ。一応俺が隊長殿に報告しておくから、そのまま見張りに入ってくれて構わない。それと……」


 そこまで言って、ディタルがすまなそうにアンナを見た。


「部屋の中に爺様がいるから呼んできてもらえるかな?」


 女性の部屋は入り難いから……とその後に小さく呟くのをみて、アンナが笑う。


「りょーかいよ。ってか爺様寝てるんじゃないでしょうね」

「まぁ……大丈夫じゃないかな」

「寝てても今日はまだ大目に見てもらえるんじゃないか」


 セルパも笑っていたが、さすがに早朝だけあって皆声は抑えている。今日はこれから夕方まではセイネリアとアンナが見張りをして、ディタル達は夕方から深夜前までを担当する。だから今日の深夜番はセイネリア達だ。


「爺様ぁ~起きてる?」


 アンナが控えめなノックをして小声で問いかけた。

 部屋の中は厚いカーテンで仕切られていて手前は侍女や護衛の待機場所になっている。奴隷女との顔合わせで連れてこられた時はカーテンが開いていたが、今は閉まっているだろうからこの程度の音なら奥の彼女を起こす事もないだろう。……と思っていたら、中で明らかに何かを落としたような音と共に小さく女の悲鳴が聞こえた。


「どうしたっ、賊かっ」


 止める間もなくセルパがドアを開けてしまって、開いた途端そこにいた不機嫌そうな顔のリパ神官の老人と彼が真正面から向き合う事になる。


「まったく……台無しィ」


 アンナはその場で顔を覆い、止めようと腕を掴んだが間に合わなかったディタルは頭をガクリと落とす。それで自分がやらかした事を悟ったセルパに、老神官が小声でも精一杯の声で言った。


「るせぇこの馬鹿、静かにしねぇかっ」


 ガタイのいい男はしゅんと小さくなる。


「いや……その……なんか聞こえたから」

「ちょっと立ち上がった時にそこのボウルを落としただけだ。何かあったと思ったとしても、せめて黙って静かに開けやがれ」


 部屋の中では、この部屋付きの侍女らしき者が慌てて床を拭いているのが見えたので、聞こえた悲鳴はその侍女のモノだろう。アンナはアーネイドの横からさっさと部屋の中へ入ると中の侍女達といくつか言葉を交わし、その後にまだ怒って文句を言っている老神官を廊下へと押し出した。


「いつまでもそこにいたら邪魔でしょー。説教なら部屋帰ってからにして」


 最後にその言葉を残して、アンナはドアを閉めた。

 そこでディタルとアーネイドが溜息をついて、セルパが小さい声で、ごめん、と呟く。まだ表情は不機嫌そうな老神官は、それでくるりと踵を返すと部屋に向かって歩きだした。


「ったく、もういいや。眠ィからさっさと戻るぞ。いいかセルパ、お前はディタルが動くか指示するまで動くなっていつも言ってんだろよ」

「分かってたんだけどさ……」


 一番背の低い老人の後ろをガタイのいい男が小さくなってついていく。それに続く前に、ディタルがセイネリアを振り返った。


「それじゃ、あとは任せたよ」

「あぁ」


 それから手を上げて、ディタルは軽く走って前の二人に追いつく。そのまま彼等はセイネリア一人を廊下に残して去っていった。まぁ一人と言っても各扉前には見張りがいるし、定期的に巡回兵が近くまでやってくる。一見誰もいなくなった廊下を一通りみて確認してから、セイネリアはドアの前に立った。


次回はそのまま廊下での警備。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ