7・方針
セイネリアは会話に入らなかったが、その後もディタルとセルパ、アンナの3人は護衛対象の奴隷女がどれくらい美しかったかを話しては盛り上がっていた。ただ流石にアンナは途中でその話にも飽きたようで会話から抜け、最初から会話に参加せず武器の手入れをしていたセイネリアに声を掛けてきた。
「あんたは~、あの美人さんに興味はないのぉ?」
「手出し禁止だからな、どうでもいい」
アンナは一瞬目を見開いて、それからぷっと噴き出した。
「つまーり、ヤれない女は興味ないって事ぉ?」
「少し違う、あの女自体に興味はあるが、容姿の話には興味がない」
「ふぅん」
複雑な顔をしつつ彼女はそこで一旦黙ったが、暫くしてまた声を掛けてきた。
「でー、今回の仕事なんだけどぉ、あんた的にはどう思ってるのかなぁ? なんか……理由は言えないんだけどね、私はーちょぉっと嫌な感じがするのよね」
セイネリアは顔を上げてアンナを見た。笑顔なのに視線は鋭い。やはり最初の印象よりは有能そうだというのは当たりのようだ。
「いろいろ裏があるかもしれないからな、少なくとも雇い主は信用しすぎない方がいいだろう」
「ふぅん。そうねぇ……確かにそうだわ」
今は深く追及する気はないのか、笑いながら彼女は離れていくと近くのベッドに勢いよく座った。
セイネリアは作業を再開しようとしたが、そこでふと思いついた。
「ディタル、今回の契約について少し聞きたい事がある」
セルパと楽しそうに話していたディタルだが、セイネリアの声にはすぐ反応してこちらを向いた。
「あ、あぁ、何だろう?」
「あの女を守る事が最優先として、彼女を攫おうとしている連中についてはどうしろと言われている? さっさと殺せとか、殺さずに捕まえろとか言ってはこなかったか?」
ディタルは考えながら答える。
「そうだな……殺していいかどうかははっきり言ってはいなかったかな。最善は、奴らを捕まえるか潰す事とは言っていたね」
「あぁ、言っていたな」
となるとディタルとの契約時にその辺りの話はなかったのか。
捕まえるか潰す――その表現なら状況によって殺しても捕まえても、とにかく連中が排除出来ればいいと取れる。つまり、捕まえて困る事も、殺して困る事情もないという事だ。ならば少なくとも『紅の西風団』とかいう連中と雇い主が実は繋がっている……という一番面倒な事態はなさそうではある。
「ま、そういう事なら基本捕まえるつもりで、ヤバそうなら殺すのもやむなしって方針でいいだろ。捕まえたほうが情報も聞き出せるしな」
「そうだな」
セルパの言葉にディタルが同意を返せば、他の皆も頷く。セイネリアもそれには同意だ。ただ基本方針が殺さない場合、敵の能力を見間違えれば死に直結する。このパーティーメンバーは思ったより出来る連中だとは思うが、殺す覚悟がどこまであるかは怪しい。
「じゃあとりあえず、仕事は今晩からだから組み分けをしておこう。半分に分けたいんだけど、人数的に割り切れないか、困ったな」
「俺は一人でいいぞ」
セイネリアのその言葉に皆の顔が引きつるが、あわててディタルが言ってくる。
「いやいや、君がとんでもなく強いのは分かっているが、さすがに一人はだめだ。せめて誰か一人、何かあった時の連絡役としても必要だろ」
「ならあたしが組むわ」
リーダーとして彼が言い終わる前にアンナの声が上がって、皆が口を閉じてじっと彼女に微妙な視線を送る。
「彼と組むなら後衛職の方がいいでしょぉ? 爺様だと何かあった時に置いて行かれそうだし、私が適任じゃないの?」
「いやしかし……」
今度はちらちらとセイネリアの顔を見てくるあたり、彼らの言いたい事は分かる。
「俺の噂を聞いてるんだろ? なら女と組ませたくはないだろよ」
すると彼女は、それでも何の問題があるのか分からないという口調で言った。
「大丈夫よぉ、だってあんた、あたしくらいならこっちから誘わない限り手を出そうなんて思わないでしょ?」
それをどうとるべきかはおいておいて、彼女の言葉は真実ではある。
「そうだな」
だから肯定を返せば、彼女は気にした風もなく他のパーティーメンバーに笑ってみせる。
「じゃ、決まり。それにあの奴隷さんと話す必要がある時は私がその役をすれば、この男が奴隷さんに手を出すかもって心配もなくなるでしょ?」
彼女がセイネリアの女性関係についてどういう認識なのかは分からないが、彼女のその言葉には誰も反論できず、皆が納得のいかない顔をする中それは決定事項となった。
次回はセイネリアと奴隷さんの初会話。