6・奴隷女2
尚もドートーは芝居がかったくらい大げさに、いかにも彼女のためだというように告げた。
「……お前を狙っている連中は得体が知れなくてな。その……型通りの警備しか出来ない連中では不安だったのだよ」
話の流れ的に、女としては何故わざわざ外部の人間を警備に呼んだのかが気になるようだ。セイネリアとしてもそれは疑問だったが、ドートーの今の発言からすると彼は相当連中を警戒しているのだろう。確かに、偽名を使っているとすれば、相手の正体は予想がつかない。イレギュラーな状況にも対応出来そうな者を雇った、というところか、もしくは……。
――用心深いのは思った以上か、それだけこの女を取られたくないという事でもあるが。
まぁ、大商人としてやっていける人間が馬鹿な筈はない。たとえ親の代から引き継いだだけだったとしても、馬鹿ではすぐに転落する。それくらい、商人同士の駆け引きというのは馬鹿では務まらない。貴族のように法で守られていない分、自分の利益は自分で守らねばならないからだ。
「大丈夫だ、冒険者としてきちんと契約を交わしている段階で彼らは私の意に反する事は出来ない。なにせ契約違反をすれば彼らは冒険者を続けられなくなるのだ」
「そうなのですか……」
女はそれでも不安そうな顔を見せる。だが、その女の視線がこちらに向けられて、その表情が変わる。こちらのメンバーをさっと一瞥したその瞳には弱弱しさなどなく、値踏みするような鋭さがあった。しかもその視線はセイネリアのところで止まって、そのせいで一瞬ではあるが目があってしまった。すぐに女は目を離したが、その直前、表情に明らかな警戒の色が浮かんでいたのをセイネリアは見逃さなかった。
――歳の割には随分と場数を踏んでるようだ。
おもしろい。セイネリア的に見て、あの美貌がなくても興味が湧くところだが、勿論雇い主の命に反しようとは思っていないから女に手を出す気はなかった。ただ話す機会があれば、あの女がどういうつもりで奴隷としてここにいるのか、それくらいは聞いてみたいものだと思った。
護衛対象の女との顔合わせも終わって、その後セイネリア達一行はこの屋敷の警備責任の男に屋敷を軽く案内され、最後に割り当てられた部屋に連れていかれた。それまでは余計な事は言わず黙っていた面々だったが、部屋に入って、案内の男が出て行った途端一気に気が抜けたように声を上げた。
「あー……緊張した、お屋敷ってそれだけで緊張するわぁ」
まず手短なベッドに倒れ込みながらアンナがそう言って、それから皆もそれぞれ座ったり荷物をおろしてほっとした顔になる。
「こっちはその何倍も緊張したんだぞ。……まったく、全部俺任せなんだから」
「いやー……俺らがへたに口出したら相手に失礼だろ、なんかあのおっさんピリピリしてたし、俺らディットみたいにお行儀のいい話し方とか出来ねぇしよ」
「そうそう、こっちはこっちでへたに何もいわないように気を使いまくってたのよぉ」
「だよなぁ、思わず何か言いそうになったりするのを我慢して口押さえたりな」
だが、口々にわいのわいの言っていた連中が、アンナの一言で一旦黙る事になる。
「そういぇば~、彼女の部屋の中入ったらーすっごい顔で睨まれたわね」
彼らは黙って顔を見合わせ、それから苦笑しつつちょっと視線をさ迷わせながら遠慮気味にまた話し出した。
「そらなぁ……あれだけの美人じゃーそりゃー過保護気味にもなるよな」
「本当はへたに他人に見せたくもないって感じだったわよね、あれ」
「すごい……美人だったな」
最後にディタルがしみじみそういえば、黙って先にベッドに座っていたリパ神官、名はゾーネヘルト・ダイザックと言っていた爺さんが靴を脱いで足を拭きながら言ってきた。
「まぁあんなのを所有してたら……そら、取られそうになったら必死にもなるわな。本当は外部の人間なんか雇いたくないが、今回は雇わざる得ない理由があったんだじゃないか」
「確かに、そうだね」
ディタルが苦笑しつつそういえば、他の連中も笑いながら同意する。彼らはあまり深く考えてはいないようだが、その『雇わざる得ない理由』によってはこちらの危険が跳ね上がる。能天気な連中だとは思うが、雇い主がこちらに隠してる事があるの自体は珍しい事ではないから慣れてしまっているだけかもしれない。
次はこのシーンのままパーティーメンバーとの話の続き。