表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の主  作者: 沙々音 凛
【番外編:或る女の願い】
1108/1189

5・奴隷女1

 クリュースという国は奴隷を禁止してはいない。

 だが、他国でよくある、労働力としての奴隷を持っている者はほぼいない。それは何故かというと、この国では奴隷にも人権があるからだ。奴隷も人間としての権利がある――だから主の勝手で虐待は勿論、殺す事は罪となる。しかも奴隷は戦士登録をされた冒険者のように『戦える者』認定されない、つまり『他の者との諍いで死んでも本人責任』とはならずに守られる立場に分類される。更に厄介な事に、奴隷は主の所有物であるからその主人には奴隷が人としての生活を送れるようにする義務が生じる。衣食住は勿論、病気になったら治療を受けさせてやるところまで全部、所有者が責任を持ってやらねば国から罰を受ける事になってしまう。


 そのデメリットが大きすぎて、奴隷を持つ者がいないのだ。


 そもそも奴隷の人権が認められたのは冒険者制度が出来て間もない頃という事で、これは冒険者を増やす意図もあったのだと思われる。つまり、当時の権力者達にこの法をつきつけ、奴隷を使うのは割に合わないと思わせる。それから奴隷自身に借金して自分を買い取らせる形で冒険者にさせ、金を返させた方が得だと説いた訳だ。奴隷なら主は奴隷の生活を保障せねばならないが、冒険者として雇うだけなら雇い主は約束の報酬さえ払えば冒険者側が生活に困ろうが死のうが助ける義務はない。

 実際、それで奴隷の大半は冒険者となった。元奴隷の冒険者たちは、そのまま主の元で奴隷時代と同じ仕事をする者もいれば、一気に金を返すために危険な仕事を受ける者もいたという。勿論、金を返す前に無茶な仕事で命を落とす者もいたが、元主人側としてもそれは従来の奴隷に無茶をさせて殺してしまうのと大差はないという事で大きな問題とはならなかったようだ。


 だから、このクリュースで奴隷を持っている場合はほぼ目的が限られる。自分の所有物として生活を保障してやっても構わないと思えるような存在である事――早い話、ペットか愛人扱いの奴隷だ。奴隷であれば主の所有物として逃げる事は許されないから、金持ちが一方的に気に入った娘を奴隷として家族に売るよう持ち掛ける事もあるらしい。まぁ家族としても、この国で金持ちの奴隷になるという事がどういう事か分かっているから、貧乏なら喜んで手放すくらいだそうだが。


 そういう事であるから、この国で奴隷として売れるのは容姿が優れている者に限られる。……一応稀な例として、容姿に関係なく頭脳や魔力、戦闘能力等の才が優れている者を自分のものとするために奴隷にする場合もあるが、そういう者達は奴隷にされる前に大抵はさっさと自ら冒険者となって自衛する。だからこそ、稀だ。


 そうして――今回の雇い主であるドートーの大切な奴隷は『そういう目的』の奴隷と見てすぐ分かるような容姿をしていた。セイネリアでさえ思わず目を見張るくらいに。


「ルーテア、今日からお前には追加の護衛をつける事にした」


 ドートーが歩いていく先にいる、若い女。

 淡い金髪に灰青の瞳、透けるように白い肌、歳はまだ若くギリ20歳に届いていないか――厳重に見張りに守られた部屋の中には、どこぞの令嬢か姫君かというくらいの豪奢なドレスを身にまとった絶世の美女と言っても差支えない女が座っていた。部屋の隅には3人の侍女が立っていて、部屋の家具はどれも高そうなものばかり。どれだけドートーがこの奴隷女に入れ込んでいるのか見てすぐにわかる。


「おい」


 そこでセイネリアはパーティの他の面々に小声で声を掛けた。なにせ彼らは部屋の中の入った途端、彼女に見とれて足を止めてしまっていたのだ。それで我に返って皆ゆっくりと部屋の中に入っていったが、ドートーが振り向いて睨んできたところで反射的に足を止めた。セイネリアは彼らの一番後ろ、少し離れたところで足を止めて女の様子を観察した。


「何故、急に?」


 不安そうに主人の顔を覗き込んだ女に、こちらを睨んでいたドートーの顔が蕩けるように緩んで、明らかに媚びたような声で女に言う。


「おぉ、実はなルーテア、お前を攫うなどという手紙を寄越した連中がいてな、そいつらを捕まえるまでお前の警備を強化することにしたのだ」


 セイネリアは思わず口元を歪めた。笑い声を抑えなくてはならないくらい、その光景は滑稽だった。

 不安そうに主を見る女の表情は完璧だった。何が完璧かというと、ドートーが彼女に望む反応として、だ。ドートーは微塵も疑ってはいないだろうが、男を騙すのが仕事の女達を子供の頃から見て来たセイネリアにとっては、ルーテアという女がその女達と同類である事などすぐに分かった。

 しかもこの女は頭がいい。主人であるドートーの望む反応を見せて、聞きたい事を聞こうとしている。これも娼婦達、特に上客がついている頭のいい娼婦がよくやる手法だ。惚れた弱みもあるのだろうが、面白いくらいにそれに引っかかるドートーの姿が馬鹿馬鹿しい程に面白かった。


主に奴隷についての説明でした。

ちなみに奴隷は主人が生活を保護する義務がありますが、一般人が貧困でロクな生活が出来ない場合は『本人の意志でその状況なのだから』と解釈されるので現代的な生活保護はないです。もともと冒険者を増やすための法案ですしね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ