4・彼女
『彼女』は今の自分の境遇を嘆いてもいなかったし、この選択を後悔してもいなかった。……かといって勿論、現状に満足しているとか、幸せだなんて事はあり得ない。
欲しいものは何でも与えられ、複数人の侍女達に傅かれ、毎日着飾って、それだけをみればまるで貴族のような生活だ。いや……彼女基準で言うなら、自国ならば王族でもこんな贅沢な暮らしは出来ていない。
とはいえこれは『何不自由ない暮らし』というのとは違う。むしろ逆で彼女の今の暮らしは自由と引き換え、自由がない代わりにこの暮らしが出来ているのだと言える。あとは仕事として、ご主人様の相手をする事――たったそれだけの我慢で皆が救われる。その選択を彼女が後悔したことはなかった。
ただ、最近何か『ご主人様』であるあの男の様子がおかしい。
やたらと異常がなかったか聞いてきたり、部屋に入れば辺りをやけに注意深く見回したり――こちらが何か企んでいるとでも思われているのだろうか。彼女としては納得して今の状況いる訳だから別に逃げる気などなかった。だから自分を疑っているのではなく、主の仕事関連で何かあったかと思っていたのだが……ある日、唐突に部屋に見た事がない人間数人を連れて主が入って来たかと思えば、やけに神妙な面持ちでこう、言ってきたのだ。
「ルーテア、今日からお前には追加の護衛をつける事にした」
その護衛というのは、主の後ろにいる初めて見る者達なのは確実だろうが、護衛、というには彼らはこの屋敷の警備兵の恰好はしていなかった。武装はしていても武器も防具も服もバラバラで……それで彼女も気づいた、これがいわゆるこのクリュースにおいて有名な『冒険者』という者達なのだろうと。
ただ何故唐突に冒険者なんて外部の者をわざわざ雇ったのかは、彼女には理由が分からなかった。
「何故、急に?」
ちょっと小首をかしげて不安そうに聞いてみれば、主人である男の顔はへらっと緩む。
「おぉ、実はなルーテア、お前を攫うなどという手紙を寄越した連中がいてな、そいつらを捕まえるまではお前の警備を強化することにしたのだ」
まぁ、と驚いたような顔をして手で口を覆う。不安そうにしながらも、おそるおそるといった震える声で聞く。
「恐ろしいです。でも見知らぬ外の方が傍にいるのも……私、怖いです」
「あぁルーテア、確かに冒険者なんてお前にとってはただのごろつきにしか見えないだろうが、彼らはちゃんとした身元の人間だし、絶対にお前には危害を加えないようによく言ってあるから安心していい」
「ですが……見知っているここの兵の方の方が安心です。何故……」
そう、普通に警備を強化するだけなら自分周りの見張りの数を増やせばいいだけだろう。その方が家主としても信用出来る筈だ。何故わざわざ冒険者をやとったのか、彼女はその意図が知りたかった。
「お前を狙っている連中はどうも得体が知れなくてな。その……型通りの警備しか出来ない連中では不安だったのだよ」
つまり彼女を攫おうとしている連中はここの兵達ではどうにもならないような相手の可能性があるという事だろうか。どちらにしろ、この男はかなり警戒しているようだ。
「大丈夫だ、冒険者としてきちんと契約を交わしている段階で彼らは私の意に反する事はない。なにせ契約違反をすれば彼らは冒険者を続けられなくなるのだから」
「そうなのですか……」
不安そうな顔をして彼女はちらと主である男の肩越しに今回雇った冒険者達を見てみる。確かに装備からしてここの兵達よりは上だしそれなりに強そうには見えるが、いかにも『出来る』という程の凄みは感じない、いや――その考えは、彼らの一番後ろにいるやたら背の高い男を見て変わった。
――あの男一人だけ、おかしい。
きっとあの黒い男だけは別格に強い。彼女もある程度までは剣を習ったからこそ分かる、自分が知っている誰よりもあれは強いと。そしてもう一つ分かるのは……あれは、人を殺した事がある人間に違いないという事だ。
ちょっと短いですが、今回の護衛対象の彼女の話。