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黒の主  作者: 沙々音 凛
【番外編:或る女の願い】
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3・護衛対象

 クリュースにおいて大商人といえば、大抵はリシェの街に屋敷を構えているものだ。リシェは首都セニエティから歩いても半日程で行ける一番近い港街であるが、この国の海の玄関口として貿易の要であり、また海からの賊に対する砦としての面もあわせもつ。そのためリシェの領主はこの平和な世には珍しく代々厳しく騎士としての教えを受け継いでいるそうで、堕落しないためにと街の金に関する事は議会に任せているらしい。街の議会のメンバーなんてのは基本金持ち連中である訳で、この国一番の貿易港であるリシェには大商人がごろごろいる。つまるところ実務面でも拠点として都合がよく、街の運営がほぼ商人達任せ……なんて都合の良すぎる場所に大商人達がこぞって住むのは当然という話だ。


 ただ今回の雇い主の商人アンジェック・ドートーは、リシェにも勿論倉庫兼の家屋は持ってはいるものの珍しく首都住みらしい。


「今回のメンバーはこれが全員か?」


 館について雇い主本人との顔合わせとなって、並んだ今回の面子を見てドートーは不機嫌そうに吐き捨てた。ディタルは仕事を受ける時に一度彼と会っているが、彼以外は初顔合わせだ。


――思ったより若いな。


 セイネリアがドートーを見てまず思ったのはそれで、おそらく年齢は30歳を過ぎたばかりといったところだろう。それだけ若いとなると、彼の代で商会を立ち上げたのではなく親から引き継いだ可能性が高い。


「はい、これで全員です」


 言いながらディタルは丁寧にお辞儀をしてみせる。育ちがいいのもあるのだろうが、こうして雇い主の前で相手を立てる態度を示せるパーティーリーダーだとトラブルが少なくていい。

 胡散臭そうにメンバー全員の顔を一人一人確認していたドートーだが、セイネリアの顔を見るとその不機嫌そうな顔が忌々し気ともいうくらいに変わった。どうやらこちらを知っているらしい。代理戦闘をやっていた頃に見た事があるか、もしくは冒険者間の噂話に詳しいか。大商人ならどちらもありそうだし、両方かもしれない。

 ドートーはセイネリアを見たあと暫く険しい顔をして考えていたが別に話しかけてくる事はなく、視線をディタルに戻して話を続けた。


「まず、今回お前達に守ってもらうのは私の大切な奴隷だ」


 それを聞いて皆から驚きの声が漏れる。それくらい『奴隷』を持っている人間はこの国では珍しい。


「美しい極上の奴隷だ。だから分かっていると思うが、本人を護るのは勿論として、へんな気を起こさんようにな」


 それを特にセイネリアの顔を見て言ってきたところからして、雇い主殿がこちらのどんな噂話を知っているかは予想出来た。自分に言っているのだから仕方ないと、セイネリアは口を開く。


「分かっている、だめだと言われているモノに手を出す事はしない、絶対だ」


 現状、この国で奴隷を買う目的なんてほぼ一つに決まっている。そういうつもりで持っている奴隷に手を出せば、後々どれだけ面倒な事になるかなんて分かり切っている。言われなくても手を出す気はなかった。

 その言葉で一応は納得したのか、ドートーは視線をまたディタルに戻した。


「よし、それならいい。もし破ったら契約違反くらいでは済まさないからな。その代わり無事守ってくれたなら報酬は弾む」

「分かりました」

「なら仕事の話だ、私の大切な奴隷を聖夜祭の間に頂くなどという手紙を寄越した馬鹿がいてな。だからお前達にはまずは祭が終わるまで彼女を守ってもらいたい」


――確かに今年もそろそろそんな時期か。


 首都セニエティで行われる、この国における最大の祭り。

 国教である三十月神教では月の満ち欠けにそれぞれ担当する神が決まっている。主神であるリパの担当は満月で、一年で一番月の光が強くなる満月の夜を聖夜として前後2日を合わせた5日間、首都をあげて盛大な祭りが行われるのだ。

 セイネリアも首都に来て初めての時は一応どんなものかと見てみたが、翌年からはやたらと街が人でごった返すだけで面倒だとしか思っていない。


「まずは、というのなら仕事が延びる可能性もあるという事ですか?」


 ディタルがすかさず聞き返す。それをすぐ聞けるあたり、さすがにパーティーリーダーとして長くやってるだけはある。


「まぁな。祭りが終わった後、連中がどうする気なのかによってはあり得る。最善は祭りの間に連中を捕まえるか潰して、後の憂いを消し去る事だが……」


 そこでまたちらとこちらを見てきたドートーの意図としては、セイネリアに対して『噂通りの強さならそれぐらいしてみせろ』という事なのか。当然、セイネリアとしては向こうの視線は無視しておく。

 向こうもわざと無視されたのを分かったのか、不機嫌そうに眉を寄せたまま一つ咳払いをしてまたディタルに向き直った。


「ところで、実際の警備方針について話す前に一つ聞いておきたいのだが、お前達の中で『紅の西風団』という名を聞いた事がある者はいるか?」


 パーティメンバー達がそれぞれ顔を見合わせる。口にする言葉は、お前知ってるか、聞いた事ない、だ。ちなみにセイネリアも聞いた事がない。他の連中はまだしもセイネリアが知らない段階で、今までまったく表に出てこなかったどこかのお抱えだった連中か、もしくは最近出来たばかり、国外からやってきたばかりの連中の可能性が高い。

 ディタルがわざわざ振り返って伺うような視線をこちらに向けてきたので、セイネリアは首を振っておいた。


「誰も知らないようです」

「そうか、まぁそうだと思っていたから別にいい」


 一応大商人と言われるだけの人間だ、自分の方で調べていない筈はないだろう。


「彼女を奪う予告をしてきた連中が『虹の西風団』と名乗っていた。まぁ……誰も聞いた事がない名な段階で、テキトウな名をでっちあげて名乗っただけだとは思うがな」


 セイネリアもそれには同意する。今回に関しては、自分達の名を明かさないために組織名をでっちあげて名乗っているだけな気がする。

 ただそうなると、本当にどこの手のものなのかはまったく分からない。貴族がらみでないとも断言出来ないのは少々面倒ではある。まだ情報が少ないからどうとも言えないが、今のところは対応は最大限最悪のパターンで考えるしかないだろう。

 想定よりも面倒な仕事になりそうではあるが、受けたからには当然成功させるつもりでやれるだけの事はする。


 それに……楽な仕事よりは、多少面倒な仕事の方が面白い。


クリュースにおいて奴隷制度は廃止されてはいないのですが奴隷を持っている者は滅多にいません。その理由はあとで。

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