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黒の主  作者: 沙々音 凛
第二十章:決断の章
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86・決断

 傭兵団としては平常運転に戻りはしたが、かといってこの団においてはそれでだらけているような連中はいない。というかそもそも、団内的に平和だからといってだらけるような連中はここにはいない筈だった。

 それでも平穏がずっと続けば『慣れ』で気の緩みが出てくるものだが、セイネリアが時折団員の前に姿を見せる事でそれもない。セイネリアが廊下を歩けば、気づいた団員達は皆廊下の端に寄って背筋を伸ばす。そんな彼らに一瞥もくれないでその中を歩いていきながらも、セイネリアは彼らの反応を確認していた。基本的に団員達の力量の把握はカリンとエルに任せているが、セイネリアは主に精神面と人間性の確認をしている。なにせ彼らの度胸や後ろめたいところがないか等は、セイネリアの前にいる時の態度ですぐに分かるのだから。


「おかえりなさいませ」


 セイネリアが執務室の扉を開ければ、カリンが入ってすぐの場所で待っていた。ちなみに今日の出先へはクリムゾンを連れて行ったが、彼は部屋の外で供の仕事の終わりを告げたため部屋には入ってきていない。


「どうでした?」


 いつものようにすぐセイネリアのもとにやってきたカリンが、慣れた手つきでマントを外しながら聞いてくる。返事より先に、セイネリアは右腰に引っかけてあった短剣を鞘付きのまま取ると机の上に置いた。


「成果はこれだ。これも魔剣で中に魔法使いがいる」

「抜いたのですか?」

「あぁ、中の魔法使いはせいぜい百年程度前のジジイで大した事は知らなかった」

「そうですか……」


 ザラッツから魔剣を持っているらしい商人の話を聞いて何度か手紙で交渉した末、首都の大手商人に口を聞いてやる約束と、その時の護衛を引き受ける事で剣を譲り受ける事が出来た。今日は魔法使いに転送を頼んで受け取りに言ってきたという訳だ。


「カリン、お前はそれを抜けるか?」


 言ってみればカリンが魔剣を持って抜こうとする。ただ抜けなかったのか、すぐカリンはそれを机の上に戻した。


「ボスは抜いたのですか?」

「あぁ、俺には黒の剣の魔力が流れてるからな。魔法は基本、より強い魔法で打ち消せる」


 だから、セイネリアに抜けない魔剣はまずない筈だった。この剣の中にいる魔法使いは割合意識がハッキリしていて、セイネリアを主としてもいいとは言ったがそれは断った。セイネリアが魔剣を手に入れたのは、別に魔剣として使いたいからではなからだ。


「つまり、ボスはその魔剣の主にもなったのですか?」

「いや、俺の目的は魔剣の中の魔法使いだからな。昔の魔法使いなら、今の魔法使いが知らないような魔剣に関する知識があるかもしれない。魔剣として使う気はないから主の契約はしていないが……団の連中で使える者がいればやってもいい。見どころがありそうな奴がいたら抜けるか試させてみろ」

「分かりました」

「お前が気に入って使いたいと思うなら、暫く身に着けていれば抜けるようになるかもしれないぞ。最初は抜けなくても、あとで抜けるようになる事もある」

「……もし気になるものがあった場合はそうしてみます」


 そんなやりとりをしながらも、カリンは椅子に座ったセイネリアの前に書類を置いていく。3つの束に分けられている書類の分類はいつも通りだから、セイネリアは早めに指示を出した方がいい内容の束の上から5,6枚を取った。


「そういえばボーセリング卿のところからまた『犬』を貰うかもしれない。そうしたらお前の下につけるつもりだ」

「正直、人手不足なのでそれは嬉しい知らせです」

「もと『犬』なら能力的に使えるのは間違いないだろう」

「安心して単独で仕事を任せられる者なら助かります」


 会話をしながらも、セイネリアの目は書類の文字を追っていた。カリンも茶の準備をしている。このところ魔剣の中の騎士に会うため他の予定を止めていたのもあって、セイネリアの仕事はかなり溜まっている。帰ってきたばかりだとしてものんびり休憩して雑談している暇はなかった。


 ただ、丁度カリンがセイネリアの机に茶のカップを置いたところで部屋にノックの音が響いた。この部屋の前までくる事が出来る人間で開けずにノックをしてくる者は限られるから、それだけでほぼ誰か分かる。


「ラダーです、入ってもよいでしょうか」

「いいぞ、入れ」


 予想通りの人間の声に、セイネリアは即答を返す。すぐに扉が開いて、体格はいいながらもちょっと体をかがめて小さくなるのがクセの男が姿を現した。


「マスターがお帰りになったと聞いてきたのですが……お忙しいところでしたか?」

「お前の話を聞くくらいは出来るぞ、話せ」


 ラダーは恐々といった様子で部屋の中まで歩いてくると、横に避けたカリンの代わりにセイネリアの前に立つ。それからごくりと喉を鳴らして、こちらにむけて礼を取った。


「あの……ロスターがこれからの事を決めたので、マスターとお話ししたいそうです」

「そうか、分かった」


 後ろめたい事はなくてもまだセイネリアの前で緊張する男は、用件を言い切ると安堵するように大きく息を吐いた。


「どうせなら早い方がいいだろう、いつでもいいなら今日の夕方でいいか? いいならその時に呼びにいかせる」

「はいっ、大丈夫だと思います」


 それで、では、と一歩引いて出て行こうとした男に、セイネリアは一応聞いてみた。


「……どう決断したのかお前は聞いているか?」


 ラダーは焦って振り向いたが、一瞬迷った末に言ってきた。


「マスターと契約したいという事です」

「そうか」


 予想した通りの結果だったが、決断は思ったよりも早い。ただその決断を、彼の父親であるあのお人好し過ぎる親父ならどう思うかとも考えて……少なくとも反対したり怒りはしないだろうと思った。

 なにせもし彼が息子をセイネリアの下で働かせたくなかったのなら、あんな憧れの目でセイネリアを見るようになる話をしていないだろうから。



あとは本当に最後のシーンだけかな。

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