84・話しておくこと1
セイネリアが墓に背を向けると、それで終わったと思ったのか傍の切り株に座っていた魔法使いフロスが立ち上がった。
服の裾を叩いて杖を持った彼を目の端に入れながら、セイネリアはカリンを見る。
「丁度確認係がいるからな、ここでお前にもう少し黒の剣の話をしておく」
言えばカリンの表情が強張る。勿論フロスの表情も変わる。
「クリュースという国が出来る前の、ずっと昔の話だ。今より世界には魔法が溢れていて、魔法を皆使えるのが当たり前の世界だった」
話し始めた段階で、こちらを見るフロスの目つきが鋭くなる。カリンだけは例外としてセイネリアの知っている範囲の事は話していい――ギルドとのその約束を承知しているから、フロスも睨むだけで何か言ってくる事はない。……当然、ギルドとして許可できない内容になったら黙ってはいないのだろうが。
「そんな世界に規格外の魔力がある故に自由に魔法を使えなかった魔法使いと、魔力を全く持たなかった故に皆に見下され、身体能力だけで強くなろうとした男がいた。そんな彼らを初めて肯定してくれた王に、2人は共に仕えるようになった」
一応セイネリアもカリンにそこまで詳細に話す気はなかった。それでも魔法使いがいないところで伝えたとなればあとでどこまで話したかをしつこく聞かれるだろうから、フロスがいてくれるのは都合が良かった。
「やがて魔力だけは強大な魔法使いは、世界中に溢れていた魔力を全て一本の剣に封じて人々が簡単に魔法を使えないようにした。その剣が俺が持っている黒の剣だ」
「その剣にある魔力のせいでボスは不老不死になったのですか?」
そこまで真剣にただ聞いていたカリンが口を開いた。フロスはずっと厳しい目でこちらを睨んでいる。
「そうとも言えるが、ただ単に魔力のせいだけという訳でもない。この話にはまだ続きがある。――黒の剣によって魔法を独占する事で王はこの大陸を統一した。だが頂点に立った後で王は剣を使う役目の魔法使いが裏切るのではないかと疑心暗鬼になった。ありがちな話だな、敵を排除して権力を握った途端一番邪魔なのは力を持つ部下という訳だ。その時の黒の剣は魔法使いがその強大な魔力によって制御する事でしか使えなかった。だから王は魔法使いの裏切りをでっちあげて、魔法使いの魂を黒の剣の中に直接封じる事にした」
「そんな事が可能なのですか?」
「あぁ、可能だ。なにせ世の中にある魔剣と呼ばれるものは、そもそも魔法使いの魂を封じ込めたものだからだ」
カリンは驚いた顔をしたものの、それについてはそれ以上聞いてくる事はなかった。彼女もフロスの視線には気づいているのか、言うべき言葉は選んでいるのだろう。
「だが魔法使いをただ剣に封じただけでは剣が王に従う訳はない。王はそれも分かっていたから、剣の中にもう一人入れる事にした。それが、王にとってのもう一人の腹心の部下である魔力が全くなかった男だ。その男は魔法が使えないからこそ身体能力をひたすら上げて最強と呼ばれる騎士となっていた。王がその地位に付けたのも騎士の功績が大きい。……ただその時、騎士は老い、病床にいてもう戦える状態ではなかった。騎士は喜んで剣の中に入って王に仕える事を了承した。だから現在この剣の中には2人の人間が封じられている」
話を聞き終わった直後は黙っていたカリンだが、暫くしておそるおそる聞いてくる。
「先ほどボスは、不老不死になったのが剣の魔力のせいだけではないと仰っていました。ならば、剣の中にいるもののせいでもあるという事でしょうか?」
「あぁそうだ。どうやら病床にあった騎士が願っていたらしい。衰えない体が欲しいとな」
明らかにカリンの目が険しくなる。彼女はセイネリアがおかしくなった元凶とも言える騎士に怒っているのだろう。フロスの方を見てみると、相変わらずこちらを監視する目でみているが何も言わないあたりはここまでの話は一応許可出来る範囲と見ていい。
「そういう訳で、俺は今、剣の中にいる魔法使いと騎士の知識を引き継いでもいる。……剣の主になってから俺が前以上に急に強くなったのはそのせいだ」
「それは……どういう事でしょうか?」
「身体能力は俺のものだが、技術的な強さは騎士からのものが大きいという事だ。黒の剣の主となった事で、ぶっ壊れた魔力と最強の騎士の技を押し付けられたという事さ」
カリンならば、それだけの力を手に入れた事を全くセイネリアが喜んでいないのは理解できるだろう。不老不死以前に、勝手に強くされたせいでセイネリアから気力が抜けてしまった事も分かる筈だ。
ここでだらだら剣の話を書かずにこういう話をしたって説明だけで済ましたかったのですが、どれくらい端折って伝えてるか書かないとなぁ……って事で会話をきっちり書いてます。そのせいでここのシーンが1話で終わらなくなりました、すみません。