79・少年と父親の約束1
カリンに迎えに行かせて待っていれば、やがて執務室の扉が開く。
カリンの後ろから恐る恐る入ってきた赤毛の少年は、セイネリアと目が会うとその場で固まった。
「名前は?」
聞けば、視線はそらさないまま、緊張に固まったままの表情で少年は答えた。
「ロスター・ペルーです」
赤い髪はエーリジャ譲りで、少し垂れた目じりの辺りも彼に似ている。間違いないだろうな、と思いつつもセイネリアは壁際へと目を向けた。
「間違いないか?」
目立たないように部屋の隅で壁に寄りかかっていたクーア神官は、そこで壁から背を離して答えた。
「あぁ、間違いない。俺が見た時からはかなり大きくなってるがな」
「エデンスさん……」
見知った顔を見つけて、ロスターの顔が安堵に綻ぶ。だがそれを見たエデンスは厳しい声を少年に掛けた。
「知り合いを見つけたからって気を抜くな、今お前は誰の前にいると思ってるんだ」
それで少年は背筋を伸ばし、おそるおそるではあるが再びセイネリアの顔を見る。ごくりと喉をならし、覚悟を決めて口を開く。
「お……俺、はっ、冒険者になるためにセニエティに来ました」
そこでまた口を閉じたままなかなか次が言えない少年を見て、セイネリアの方から促してやる事にした。
「お前の父親からの手紙にはお前に会ってやってくれとしか書いてなかった。だから、どうしたいのかはお前の口で言え」
「あの、俺っ……ずっと父さんから貴方の話を聞いていました。貴方はとても強くて、怖い、けどっ、悪い事を考えず正直に話している限り怖がらなくていいってっ」
いかにも恐怖を我慢した顔でそれだけ言うと、その場にいたカリンやエデンスが軽く笑う。セイネリアも彼の緊張を和らげるため軽く笑ってやった。それから、少し世間話を振ってやる。
「お前の父はどうしている?」
だが、あの親ばか親父の元気だという報告がくると思っていたセイネリアは、ロスターの顔が強張って何かを耐えるように赤くなっていくのをみて察した。
「父は……死にました」
カリンやエデンスが息をのむ。セイネリアは表情を変える事はなかったが、暫く少年の顔を見てから聞いた。
「死因は?」
「森に強い化け物が出て……村の子達が逃げるまでひきつけていて……」
その先は唇が震えて声にならず、少年は唇を噛み締めて下を向いた。だが、泣いてはいない。
セイネリアは目を閉じた。
「そうか……」
それから声にせず唇だけで、らしいな、と苦笑と共に呟いて。悲しい、という感情とは違うと思うが、憤りのような感覚があった。
「お前の父は腕のいい狩人だった。弓の腕では俺も勝てないと思った。ただ優しすぎて冒険者を辞めた。家族のもとで元気でいて欲しかったが……残念だ」
エーリジャはセイネリアが知る中ではおそらく一番の善人だ。無知故の善人ではなく、世間の汚さを分かった上であんな善人でいられる彼にセイネリアはある種の尊敬を持っていた。彼のような人間は、平凡で平和で幸せな一生を過ごしてほしかった。彼にはその権利があると思っていた。
だからこの憤るような感覚は、彼がこんなに早く死ななければならなかった事へのものだろう。田舎で孫を見て笑う老人になるようなそんな未来が彼に似合っていると思っていたから、そうならなかった事への憤りだ。
もちろんその感情を表には出さないが、セイネリアは冷静な声のままロスターに尋ねた。
「父が死んだから首都へ出てきたのか? ……母親はどうした?」
ロスターは顔を上げる。沈んでいた少年の顔には迷いが浮かんでいた。エーリジャは『愛する人がいる』という事はよく言っていたが、その人物――恐らく少年の母親の事を具体的に話しはしなかった。彼自身が言い出さなかったから何も聞かなかったが、口に出さない時点で普通に村で元気で待っているのではないとは思っていた。
「母さんは元気です、が……」
そう言って迷うように少年がエデンスを見れば、難しい顔をしたクーア神官が少年の代わりに口を開いた。
「全部、言うべきだと思うぞ」
次の話はすぐ更新します。