78・憧れ
少年の父は優秀な狩人であり冒険者だった。
伝統的に狩人と言うのは村に数人しかいない『他の命を狩るのを許された人間』の事で、少年の家は代々狩人をしてきた。ただ親戚はそれなりにいて村に残っている人間も多かったから、少年の父親は村で狩人業に専念するのではなく村を出て冒険者になったのだという。
少年が生まれてからは冒険者を止めるつもりだった父は、事情があって少年がまだ幼い頃に冒険者に復帰した。それからは冬の間しか父とは過ごせなくなったが、少年は父が話してくれる冒険者の仕事の話が大好きで、いつしか自分も冒険者になりたいと思っていた。
そんな父だが、ある時からやけに帰ってきた時のお土産が豪華になった。聞けば固定パーティを組むようになったのだという。仕事の話も一変して、魔女退治だとか、蛮族との戦いだとか、前からすれば話の規模が大きくなって更に少年を夢中にさせた。
その時から父の仕事の話には、ある人物の名が頻繁に出るようになった。
その人物は規格外の強さで、その戦いぶりの話は出鱈目すぎて最初、父が相当に盛っていると思ったくらいだった。だが思い出すように話す父の様子や他の話からしてどうやらそれは事実のようで、少年は父にその人物についていろいろ聞くようになった。
その人物は――背が高くていつでも黒い恰好をしていて、若いのにすごい迫力がある目をしているらしい。とんでもない力持ちで、普段は剣だが弓も使えて、魔槍の主でもある。魔槍を使えば大人数をも一瞬で蹴散らすそうだ。なのに頭が良くて、平民出なのに貴族達を思うように動かしては策にハメて失脚させる。皆が恐れる外見をしているが、誰の話でもちゃんと聞くし、こちらから裏切らない限り約束や契約は必ず守る。欲深くもなく気前もよく、仲間も大切にする。彼の指示はいつも本人の能力や事情に沿ったものであり、必ず彼自身が一番危険な役目をするから誰も文句のいいようがない。
彼の活躍する話は、吟遊詩人達がする盛りまくった英雄譚よりもすごい話ばかりで、少年はいつしかその人物に憧れるようになった。
父はやがて冒険者を辞めて村の狩人となり常に傍にいるようになったが、それでもその人物の話はよくしてくれた。父が彼を悪く言う事は聞いた事がなくて、父は彼の話をした後はいつも、少しだけ寂しそうな顔をするのが常だった。
背の高い女性の後をついて歩けば大きな扉の前で止まる。
見張りは彼女を見るとすぐに扉を開けて、彼女は自分についてくるよう促してから先に中に入っていく。
ごくり、と喉を鳴らして、少年は部屋の中に入っていく。
そこには、父から聞いた話通りの全身を黒い甲冑で固めた騎士――セイネリアがいた。
久しぶりに聞いたその名に、セイネリアは驚くと同時にこう思った。
――本当に、世の中というのは皮肉なものだ。
渡された手紙にあった署名は、エーリジャ・ペルー。かつて共に仕事をしていた、セイネリアが信用している人間の一人だ。彼に息子がいるのは知っていたしそのために冒険者を辞めたのも分かっていたが、その息子を自分の元へ寄越した事には疑問が湧いた。彼らしくないとは思わないが、彼が自分から離れて行った理由を考えれば、大切な息子を自分の元にやるのはおかしいだろうとも思う。
ただ手紙にはその息子をどうして欲しいかは特に書いてなかった。内容としては軽い挨拶と一言、『昔のよしみが通じるなら、会うだけは会ってやってくれないか』とあっただけで、息子を頼むとかそういう言葉は一切なかった。その辺りも彼らしいとは思ったが。
とりあえず、手紙は本物だと判断したから会う事にはする。ただし、その先はすべて本人次第だ。団に入れて欲しいのか、もしくは冒険者としてある程度になるまで支援してもらいたいのか――そこはまず、本人の話を聞かねばならない。セイネリアとしては、かつての仲間の信用にかけてある程度の支援をするのは構わないが、本人にその価値がなければする気はなかった。エーリジャの息子だからというだけで無条件で面倒を見てやる気はないし、エーリジャもそんな自分を分かっているから会って欲しいとしか書いてなかったのだろうと思っている。
とはいえ、彼の息子がセイネリアが見捨てる程使えない人間とは思い難い、だめな場合であり得るのは性格的に向かない場合だろう。その場合こちらに寄越した意図は、冒険者を諦めさせるためという事になる。それはそれであり得る話だ。