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黒の主  作者: 沙々音 凛
第二十章:決断の章
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76・酔い

 静かな酒場は、だが何も音がない訳ではない。

 どこかで水が流れているらしく、その音のせいで他の席の話し声が聞こえにくくなっているようだ。

 セイネリアが去った酒場で、ケサランはまた酒を飲んでいた。

 彼は用事があるからと先に出たが、おごりだから好きに飲んで行けと言い残していった。……まるで、ここでギルドに帰ったら次は指示があるまで外に出る事が出来ないというこちらの事情を察していたかのように。

 おかげで人生初の、酔っぱらうまで酒を飲むなんて事をやってみたくなってしまった。まぁ、帰りは最初から迎えを呼ぶ事になっているから大丈夫だろう。


 ケサランにとってセイネリアと会ってから今までの期間は、人生が変わるくらいの意味がある時間だった。人より長い時を生きていた自分のそれまでの時間はずっと寝ていたと言ってもいいくらい、彼に会ってからは怒って心配して喜んで……自分の感情の変化に驚く日々を過ごした。生きている実感というのが感じられたと、そう言っても差支えないくらいの楽しい時間だった。

 

 ただそれがいつまでも続かない事は分かっていた。

 いくら魔法ギルドがセイネリアの事を特別扱いしていて、彼に関しての事なら大抵の例外が許されていても、ケサランの行動が彼寄り過ぎて問題視される事は分かっていた。だから強制で彼の担当を外される前に、自ら降りる事と引き換えに自分が彼に出来る最大限の仕事をした。

 それと……自ら彼の担当を降りたのにはもう一つ理由がある。

 ケサランは現在、魔法ギルド所有の魔力が篭った道具……小さな指輪だが、それを身に着ける事で老いるのを止めていた。能力的に有用だから特別に持たされたものだが、その魔力がそろそろ尽きる。希望すれば他の魔法の篭った何かを支給しては貰えるだろうが、今回はそうしないと決めていた。今まではギルドのために仕事をする事それ自体に疑問を持たなかったからギルドの歯車の一つとして生を長らえてきたが、黒の剣の主となった彼を見ていたら目的もなく長く生きる事が馬鹿馬鹿しくなった。だらだら歯車として生きるより、自分に残されたタイムリミットを意識してやれる事を考える方がいい。


 だからおそらく、本当にもう、彼と会う事はないだろう。


 黒の剣の主となった彼はこれからも当分、長く、生きて行かねばならない。その間、ギルド側が自分を交渉の材料に使う可能性もあるし、今回の件を疑問に思った者に探られる可能性もある。それらを排除するためにもこの選択が一番いいとケサランは思った。出来れば彼が知らない間に死んで、知らないままか、ずっと経ってから知るくらいがいい。

 彼の担当を外れた段階でまず彼と会う事はないだろうからその望みは叶う筈だった。それもあったから、ずっと自分の中で引っかかっていた樹海の仕事の件を彼に言ったのだ。あれは負い目というより……あの男に嫌われるのが怖かったという方が大きい。彼が自分を信用してくれているのが分かっているからこそ、その信用を無くしたくなくて言えなかった。

 ただ、言う事が出来た今はスッキリしている。そして……次にあの手の命令を受けた場合は、無条件に従わず違う案を出してみようと思ってもいる。自分が納得いかない命令まで無条件で従う必要はない……そんな事を思えるようになったのもあの男の影響だろう。


 自分がいなくなった後、彼と魔法ギルドの関係について不安は残るが、魔法ギルド側で彼に協力してくれそうな人物には一応繋がりを作ってあるから、いずれ彼と会う事になる筈だった。あとはそれ以上お膳立てをしなくても、あの頭のいい男ならきっと上手く交渉するだろう。


「……意外でした、貴方がそんなに酒を飲むなんて」


 知っている声が聞こえて、ケサランはゆっくりとした動作で振り返った。


「俺も意外だった、どうやら思った以上に俺は酒に強いらしい」


 笑いながら言ってやると、魔法使いフロスは神経質なその顔を更に顰めた。彼の事はセイネリアが帰った後に迎えとしてくると店に伝えてあったから、こうしてすんなり通してくれたのだろう。


「遅いから呼ばれる前に来ましたが、まさか一人で酒を飲んでいるとは思いませんでした」

「あいつがおごりだから好きなだけ飲んでいけといったんだ。だからどれくらい飲めるものか試してみたくなった」

「随分とらしくない発想ですね」

「そうだな、少しあいつの影響かもしれない」


 そこまでまたフロスは顔を顰める。ケサランは笑った。


「ま、あいつならいくら飲んでも酔わないだろうが。俺も思ったよりは飲めたぞ」

「自分から思考力を鈍らせるような無駄なマネをする気持ちが分かりませんね」


 魔法使いというのはそういうものだ。研究と探索が最優先事項であるから、自分の頭が鈍る酒など飲みたがらないのが殆どだ。ケサランが飲めるのは、交渉役として全く飲めないといろいろ困るからという事情がある。


「なぁフロス、無駄だと思ったものを全部切り捨てたら、目的以上のものは手に入らないぞ」


 魔法使いらしい思考の魔法使いは、不審そうにこちらを見る。


「目的のものが手に入れば問題ないではないですか?」


 ケサランはわざとらしく指を左右に振って見せる。チッチッと呟いてしまったのは流石に調子に乗りすぎたが、酔ったノリというものだろう。


「寄り道や無駄を省けば確かに目的には最短でたどり着くかもしれない。だがな、想定外の発見や、手がかりもなかったようなものの解決は、意外と無駄や寄り道がきっかけになるものだ」

「……まぁ、それも一理あるのは認めます」


 フロスがあっさりそんな言葉を返してくるとは思わなかったから、少しだけケサランは驚いた。すると彼は傍の椅子に腰かけると、にこりと笑って見せる。


「一度くらいは飲んでみたいと思っていたのです。どうしてそんなに飲みたがる者が多いのか、経験してみないと分かりませんから。ただ……私の分もあの男のおごりでいいのでしょうか?」


 ケサランも笑う。この魔法使いに、こんな風に笑いかけたのは初めてかもしれない。


「あいつはそんな事でケチったりはしないだろ、おごりでいいんじゃないか?」


 そうして魔法使い2人は、互いに酒が揃ったところで乾杯をした。


ケサラン側の思惑を少し……と思ったら1話がっつり使いました。

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