73・報告と…2
今日のケサランはセイネリアとあまり目を合わせようとしていなかった。頼んだ酒はすぐやってきたが、その間、彼はこちらを見ないでテーブルの上に置いた手元を見て黙っていた。新しいグラスがおかれて人がいなくなってからやっと、彼が顔を上げてこちらを見てくる。
「お前に不利になるような情報はギルドには渡していない。王の時代の魔法についての知識や、あの城のつくりについて、あとは国についての話がメインで……黒の剣の事に関してはアルワナ最高司祭からだけ少し……騎士の自我はなくなっていたが、ギネルセラはそれを取り込んだというより守るように包んでいる、という状況に見えたという話だけを伝えている」
ならば現在の自分と黒の剣の状況や、騎士が王を裏切ったという真相あたりの話は伝えていない訳か――その辺りはケサランはもとから知らないだろうが、最高司祭が伝えない方がいいと判断したのだろう。騎士の名前が分からなかった、というのが前提だから誤魔化せたというところか。
「あんたはともかく、最高司祭様も随分協力的だな」
「魔法ギルドより、お前に貸しを作った方がいいと思ったようだぞ」
「成程」
セイネリアは軽く笑った。確かにあの最高司祭はなかなか計算高い人間には見えた。だがだからこそ信用出来るとも言える。
「あとは……お前が面白い人間だから……とも言ってた」
「死者が恐れて近づかないからか」
そこはアルワナ神官ならではの理由として聞いてみる。
「あぁ……確かにそんな事も言ってたな、だが彼はお前の中に入ったろ……それで、お前の事を面白い人物だと思ったんだとさ」
「そうか」
「何を知ってそう思ったか気になるか?」
「いや、俺の何を知られたところで別にどうでもいい」
自分の中に入ったことで、あの神官がどこまで自分の事を知ったのかは分からない。たセイネリアとしては、彼が自分の中に入ってくるのを了承した段階でその程度は覚悟していた。
アルワナの連中は得体のしれないところはあるが、常に他人の秘密を暴ける立場だけあって情報の扱い方は慎重だ。彼らが神官を各地に潜ませて情報を集めている噂は有名ではあるが、それを理由にアルワナ神殿を蔑んだり攻撃的行動に出るものはいない。誰でも秘密を知られたくはないからアルワナの人間を警戒はするが、アルワナ神殿自体を敵視する人間はまずいなかった。
それは基本、アルワナ神殿がそうして密かに集めた情報を脅しに使ったり公にする事がないからである。彼らは情報を集めても他人に気づかれるような使い方はしない。だからこそ人々もただの噂としてあまり信じてはいないのだ。
「お前は……内面を知られるのは嫌な人間かと思っていた」
「嫌といえばそうだが……手持ちのカードを全部見せた方が交渉しやすい相手というのもいる」
「今回はそうだと?」
「他人の秘密を見るのに慣れてる連中のトップにいる人間だからな、情報の使い方を分かってる。向こうに益がある限りは信用出来るし交渉しやすいと……あんたもそう思ったから協力してもらったんだろ?」
今日はずっと苦い顔をしていた魔法使いはそこで苦笑する。
「本当にお前は……人を見る目があるな」
「臭い連中に対しての鼻が利くだけだ」
それにははは、と乾いた笑いを返して。それからまた一口酒を飲んでから、ケサランはこちらを真っすぐ見て言った。
「そういう訳で、もし今後今回の件について何か確認したり、相談したい事があればあの最高司祭に連絡を取ってくれ。魔法ギルドに関してもある程度は聞ける筈だ」
そういう言い方をしてくるというのは、それだけの理由があるからだ。
「あんたはもう俺と会わないつもりか?」
それに魔法使いは黙ってまたグラスを見つめ、暫く沈黙が続く。ただその口元には苦笑が張り付いていて、その通りなのだろう事が分かった。
「……本当に、お前は人の考えを読める能力がある訳でもないのに察しが良いな」
「魔法なぞなくとも、その人間を知っていれば様子が違うのなんか分かるし、言葉の言い回しでも予想できる事はある。……特にあんたは嘘を平気でつける人間でもないからな、分かり易い」
「まぁ……そうだな」
彼はそこでまた軽く笑い声をあげて、一気にグラスを空けると口を拭いた。ただセイネリアが人を呼ぼうとする前に、手でグラスに蓋をすると『もういい』と呟いた、それから。
「最初から、そういう約束だったんだ」
大きく息を吐くそうに言って、彼はこちらを見た。
「最近俺がお前に肩入れし過ぎている、というのはギルドでも指摘されていた。だから今回の件をギルドに了承してもらう代わりに、お前の担当を降りる事になっていた」
「最後の頼みとして無理を押し通したのか」
「そういう事だ」
――今回の明らかなギルドへの裏切り行為は、最後だからというのもあるのか。
というよりも、最後だから全部有耶無耶にしてもどうにかなると思ったのか。ただそうなるとやはり、どうしても一つの疑問に行きつく。
「あんたは何で、俺にそこまで肩入れする?」
魔法使いは分かり易く茶化したように即答する。
「それは、ま、お前の事が気に入ってるからだ」
だがセイネリアが真顔のまま彼の顔を見ていれば、魔法使いは苦笑して肩を竦めた。それから視線を落として呟くように語り出す。
「俺の能力的に、普通に生活するのはなかなか難しいと思わないか? 特に何も知らない子供の頃は」
「魔法を知る前からその能力は使えたのか?」
「感情を読むのはそうだな。……たまにあるんだ、呪文なしでも使えるような能力だと、生まれつきつかえたりする」
おそらく、多分、次回でケサランとの話は終わる……かな。