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黒の主  作者: 沙々音 凛
第二十章:決断の章
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70・見送り1

 雪を纏った首都セニエティは一気に真冬の風景になる。一度積もるだけのまとまった雪が降れば、あとは春になるまで街の中で雪を見なくなる事はなくなる。雪を見る日常になってまだ数日だが、皆慣れているから傭兵団内もすっかり冬モードに入った。


 雪の中寒いのは確かだが、そんなの体を動かしていれば寒くもなくなる――と、神官修行中はよく言われたよなとエルは訓練場を眺めながら思った。アッテラの神官になる者は大神殿で暫く修行をするのだが、大神殿があるところは山の上で冬はとんでもなく雪が降る。朝起きたら準備運動代わりに雪かきをして、そのまま上半身裸で鍛錬突入は当たり前だった。


――ま、少なくとも雪かきは他人に任せられる立場になったのはいいンだけどよ。


 動いていないとやはり寒い。偉そうに見て指示を出してればいい立場と言っても、こういう日はじっと立っているだけの方が拷問だ。一応今日は団員達の鍛錬に、強化と治癒役として付き合いつつ各々の実力を確認している訳なのだが……寒い時には座ってるだけの方がしんどいと実感した。


「よしっ、ここはちぃっと俺が稽古つけてやっかね」


 羽織っていた厚い上着を脱ぎすてると、エルはさっそうと長棒を肩に置いて鍛錬をしている皆の方に向かった……いや、向かおうとしたのだが、その場に緊張が走って訓練中の皆が一方向を見て固まったから、その理由を察して本館の建物の方へ顔を向ける事になった。

 やれやれ、とやる気だった勢いを止められて溜息をついたエルは、上着を拾って羽織り直すと皆が注目している方に向けて回れ右をした。


「お出かけですか? マスター」


 そしてちょっと嫌味っぽく馬鹿丁寧に聞いてみる。


「あぁ、少し出てくる」


 と返してきたセイネリアだが、傍に供らしき人物――大抵こういう時はクリムゾンだが――はいなかった。


「立場的に一人で出歩くのは……って言っても無駄だよな」

「そうだな、この団に俺より強い人間がいるなら別だが」

「はいはい、てめぇが一番強ぇよ、そら違いねぇ。……ンだがあんま無茶すんなよ」

「一応心に留めておく」


 一応ね……と顔が引きつりはするが、実際さすがに最近はセイネリアの化け物ぶりが有名になりすぎていて一人だからといって襲おうとするような人間はいなくなった。あぁいや、セイネリア本人の怖さを知らない自信家の馬鹿の襲撃の可能性はあるだろうが、そういう相手なら何人いようとセイネリアの敵ではない。


「遅くなンのか?」

「いや、普通に日が沈む前には帰ってくる」

「そか、んじゃま、夕飯後に今日の報告に行くわ」

「わかった」


 それで互いに片手を上げて背を向ける。立場的には後ろの連中にも言って全員で頭を下げてお見送りをするところなのだろうが、セイネリアがそんなのを望んでいないのだからやる意味がない。

 ただ本来は上下関係というか、ここのボスとしての威厳を示すためにはそういうのは形式として必要なのだが……セイネリアの場合は別だ。なにせ礼儀や言葉遣いは好きにしていいといったところで、セイネリアに舐めた態度を取れる人間なんていはしない。こうして部下であるエルが上下関係をわきまえないただのパーティーメンバーだった頃と同じ話し方をしていたって、それじゃぁ俺もとセイネリアにタメ口を叩ける奴なんかいないのだ。というか、こうしてセイネリアとエルのやりとりを見た後は、皆が皆エルに対して『なんかすごいものを見た』という目を向けてくるのがお約束になっていた。


「いや本当に……エルってよくマスターとあんな普通に話せるよなぁ」


 傍にいた団員達がやってきて口々にそう言ってくる。ちなみにエルも、堅苦しいのは好きではないから団員達には敬称とかつけずに普通にエルと呼ばせていた。セイネリアと違ってエルに対しては慣れ慣れしく接してくる彼らだが、それでも馬鹿にされたり舐めた態度を取られる事はない。その理由がこれである。


「別に、慣れだよ慣れ、付き合い長いしな」

「いやいや、慣れないっスよ、本当にっ、それだけで尊敬できるっス」

「俺マスターの前に出たら緊張してまともに会話出来ねぇよ」

「気力ふりしぼって何か言えたとしても、一言でも何か返されたら、それ以上声でなくなると思う」


 一応、エルだって最初のうちは他の人間の前では部下としての態度を取るべきだと思っていた…頃もあったのだが、皆こんな感じなので今は馬鹿馬鹿しくて気にしなくなったという経緯があったりする。


――しっかし気持ちはわかっけど、あいつ怖がられすぎだろ。


 実際、敵対したらあれより怖い人間はいないと思うが、そうでないなら怖がる必要はないだろ、とエルは思う。


「……っていうかあいつは雰囲気と見た目が怖いだけで、上司としちゃすっげー人間出来てるぞ。どんな事でも意見は必ず聞いてくれるしよ、機嫌によって理不尽に怒られたり、脅されたりもない」


 この手の冒険者組織のトップなんてのは、大抵はお山の大将的性格で気に入らなければ即制裁というような身勝手俺様系が普通だ。だがセイネリアは俺様系ではあっても、少なくとも理不尽な理由で部下に制裁を与える事はない。


この場面はちょっと次回に続きます。

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