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黒の主  作者: 沙々音 凛
第二十章:決断の章
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69・雪の降った日

 クリュース王国首都セニエティにその日、雪が降った。

 チラチラと積もらない程度の雪はその前にもあったため初雪ではないが、おそらく今年初の積もる雪だ。


「道理で冷えると思ったぜ」


 酒場から外に出て雪を見たバルドー・ゼッタは軽く酒が入って赤くした顔で空を見上げた。この勢いなら明日はそこそこ積もるだろう。大通りや一部の重要路は設置魔法のせいで積もらずに済むが、そうでない道の一部は警備隊や騎士団の予備隊が駆り出されて雪かきをさせられる。


――後期組の連中はご苦労さんってとこだな。


 前期組であるバルドーは今は休み期間であるから、この積もった雪を見ても他人事で済む。とはいえ全く関係ない訳でもない。冬の間の雪かきは冒険者にとっては冬期でも確実にある貴重な仕事だ。

 稼げる時に稼いで冬は遊べるような奴なら見向きもしないが、まだ駆け出しの下っ端冒険者からすれば有難い小遣い稼ぎにはなる。バルドーは金に困っている訳ではないが、鈍った体を動かすついでの飲み代稼ぎくらいのつもりでたまに請け負う事はある。なにせ帰るには故郷が遠くて面倒なバルドーの場合、冬の休みは基本首都で過ごすのでいわゆる暇だ。というかだらけているだけの時間は勿体ないと……あの男が騎士団に来た以降、そう思うようになってしまったというのもある。


 セイネリア・クロッセスが団を辞めたあとも、第三予備隊の隊員達は訓練ぐせがついていたから割案ちゃんと訓練をしていたし、相変わらず他の隊の連中と試合をしたりしていた。ただ皆思うところがあったようで、規定期間を過ぎた者は次々と辞めて冒険者復帰し、また希望して守備隊に行く者が出たりしてあの時のメンバーは殆どいなくなった。他の予備隊もメンバーが入れ替わってしまったのもあって、今では殆ど前と同じ状態に戻ってしまった。

 ただバルドーは辞めずに第三予備隊に残った。そうしてやっているのは見どころがありそうな新人がきたら朱に染まってダメになる前に声をかける事で、こっそり訓練する方法なり守備隊に移動するための手続きなり相談に乗ってやっていた。まぁ自分はここから上を目指す程の志はないから、これからの若い奴を腐らせないための手伝いが出来ればいいと思っただけだ。……まったく、なんででそんな事をする気になったのかは自分でも不思議なくらいだが、それでも腐っていたころと違ってなんとなく満足感があるのだから後悔はなかった。






「積もりそうだな」


 窓を見てセウルズがそう呟けば、本を読んでいたサウディン――今はサーディと名乗っている――が顔を上げて窓辺にやってくる。


「確かにこれは積もりそうですね」


 セウルズがカーテンを閉めて杖をついて歩き出せば、サウディンが自然と空いている方の手を取って支えてくれる。地位に対する責務や期待といった重荷がなくなって、彼本来の優しい性格が表に出てきているようだった。

 セウルズは今、首都の東の下区、街の外周に近いところで治療院を開いていた。サウディンはリパの神官学校に通っていて、将来は神官になって治療院を手伝うと言っている。こちらの事を考えず好きな事をしなさいと言ったのだが、それが彼のやりたい事らしい。


「今日は冷えるからな、風邪を引かないように気をつけなさい」

「大丈夫です、学校に通うようになって体力が付きました」


 サウディンは母親のように病弱ではないが弟のゼーリエンよりも体力がなく、子供の頃はよく体調を崩していた。ただ屋敷にいたころは母についてあまり外に出なかったのも原因だったのだろう、確かに学校へ通うようになった彼は前より元気そうに見えた。


「私よりも父さんの方が気が気をつけて下さい」


 嬉しそうにそう笑いかけられてセウルズも笑う。病弱だった父親、つまり前キドラサン卿はあまり子供達と交流がなかった。だからサウディンにはあまり父親との思い出がない。そのせいか、ここへ住むと決めた時に親子という事にしたいという言葉を彼はすんなり受け入れ、こうして嬉しそうに父さんと呼んでくれる。擬似親子も今ではかなり慣れて、セウルズ自身もそう呼ばれる事が嬉しかった。

 ただ彼を息子だと思っていると……もう一人、かつて息子のように思っていた青年の事を思い出してしまうのだが。





「母上っ、外を見ましたか? とうとう積もりましたねっ」


 興奮した様子で部屋に入ってきた我が息子を見て領主代理であるメイゼリンは溜息をついた。まったく、また外にいる部屋の見張りはゼーリエンを無条件で通したらしい。

 ただ嬉しそうに入ってきた息子は、冷たい母の目にすぐ気づきはしたらしい。


「すみません母上、入る前に名乗るのを忘れていました」


 メイゼリンは睨むのを止めて、溜息をついた。


「罰として、あとで雪かきを手伝ってきなさい。いい訓練にもなります」


 それにはゼーリエン本人よりも、傍で事務仕事をしていたキディラのほうが驚いて言ってくる。


「姉上、さすがに次期領主に雪かきは……」

「次期というだけでまだ領主ではありません。最近勉強ばかりでしたし、今日は体力づくりと思って屋敷の兵達に混ざって雪かきをしてきなさい。ついでに……」

「皆と話していろいろ教えてもらってこいという事ですね、分かりました!」


 ぴしっと背筋を伸ばしてゼーリエンがそう言ってきたから、厳しい顔をしていようと思っていたメイゼリンもつい口元が緩んでしまった。ゼーリエンは武も文も才能的に目立ったものはないが、とても勉強熱心で努力家だ。更に人の話をよく聞く。それはへたに生まれ持って優秀な才がある者よりもよい領主になれる素質があるのではないかと――親ばかかもしれないと考えつつもメイゼリンは思っていた。


遠くにいる人たちの話は終わり。

次回は傭兵団に話が戻ります。

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