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黒の主  作者: 沙々音 凛
第二十章:決断の章
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67・貸しと借り

 ボーセリング卿の屋敷は、何も知らない者ならその家の役割を想像できないくらいには普通の貴族の家という外見を持っている。『犬』の卵達の訓練場がここにないというのもあるが、外からの見た目だけなら中堅の宮廷貴族の屋敷に見える。

 当然ながら、屋敷の中……客人が入れない奥の方へいけば全く様相は違ってくるが。


「あの子は幸せそうだね」


 カリンが帰った後、現ボーセリング卿アディアイネは笑みを浮かべてそう呟いた。


「それはねっ、だって大好きな人の傍にいるんだもの」


 客人と仕事の話をする時は妻のカナンは部屋に入れないのだが、カリンの時は別だった。カナンがいるとカリンも表情をよく見せてくれるし、自然、会話も明るくなる。元が『犬』であるからある程度の事はカナンが分からないように伝えてくれるし、もしカナンに聞かせたくない込み入った話の場合はそう言ってくるから妻にはその時に退出してもらえばいい。


「それにしても、彼女のご主人様は随分勉強家なのね」


 ただちょっと的外れなその言葉には、いつもの事ながらアディアイネは軽く噴き出してしまったが。今回カリンが来て言ってきた事はセイネリアからの伝言で『マトモな人間からすれば不思議な事、あり得ない事、説明がつかない現象等、その真偽の確認まではいいから、何か知っている事があれば知らせてくれ』というものだった。特にボーセリング家の成り立ちに関わる話でアディアイネ自身が疑問に思っている事等があれば教えて欲しいという事だから……おそらくは魔法関連の事だ。

 カナンがいたから少し遠まわしになっているだけで、魔法使いの仕業としてアディアイネから見て何かひっかかるものがあれば教えろという事だろう。

 あの男が魔法使いと繋がりがある事は分かっているから、奴らに対抗する準備のためか、もしくは何か暴きたいものでもあるのか――信頼関係的に深く詮索する気はないが、少し家に関わる記録を調べてみるかと思う。


「とにかく、そういう事なら近々彼を呼んで直接話をする事になるでしょう」


 不思議な事象はともかく、魔法使いにかかわる話を手紙や親書で済ますのは難しい。


「それに、彼には別件で話しておきたい事もありますしね」


 そう付け足せば、妻のカナンは無邪気に聞き返してくる。


「何かあるの?」

「えぇ……まぁ、ウチの子で彼の元へ行きたそうな子がいるので」

「まぁそうなの?」


 元ボーセリングの犬としてカリンが取引の末、セイネリアに買われて行ったという話はボーセリングの犬達の間でも知られている。それを聞いてセイネリアという男について調べようとしている者がいるから、その者はその内セイネリアに接触しようとするかもしれない。あの男に自分を買ってくれと頼みに行くかもしれない。


「もう暫く様子を見ますけどね。おそらく彼に接触するでしょうから、予め言っておこうかと。あの男に話さえ聞いてもらえず追い返されたら可哀想ですから」

「アーディは優しいのね」


 満面の笑顔で言われたそれには少し困ってしまったが、アディアイネは笑みを浮かべる。


「私よりはあの男の方が優しいと思いますよ」


 自分は妻以外なら簡単に切り捨てられるが、あの男はきっと、積極的に切り捨てる理由がある馬鹿以外に対しては自分の力が及ぶ限りは助けるだろうから。……それが、使えそうな人間なら恩は売っておく意味があるという打算からだとしても、打算だけではあり得ないレベルまで動いてくれるのだ。単に、あの男の能力の及ぶ範囲が大きすぎるだけだとしても、あの男の価値観は面白い。

 一度部下とした者に対して駒だと割り切って使えるくせに、その駒のために大貴族を潰すくらいの事は出来るのがあの男だ。


 まぁだからこそ、自分が育てた子が彼の元へ行きたいというのなら別に構わないと思える。勿論、こちらとしてはそれで彼に対して貸しに出来るというのもあるが。






 領地は小さいながらも国境の守りを任されているナスロウ領は、武力面ではかなりの力を持っている。騎士団支部代わりとして王から受けた援助による部分もあるが、隣接するザウラ領との友好関係、スザーナ、グローディ領との親類関係など、近隣領地からの支援と信頼があるのも大きい。


「あの男はまた何を考えているのか、随分と面白い事を言ってきた」


 現ナスロウ領主であるザラッツは、セイネリアからの手紙を読み終えるとそう言って少し考えた。


「彼の事ですから何か企んでいるのかもしれませんね」


 その横でくすくすと笑いながら妻であるディエナがお茶をいれていた。まぁ確かに、と妻と一緒になって笑ってから、彼女が向かいの席に座ってからザラッツは言った。


「そういえばこの間国境周辺をまわっていると言っていた商人がいただろ。彼らは今はザウラ領内にいるのかな」

「そうですね、クバンにいるのではないでしょうか」

「ならスローデン殿に急いで連絡してみよう」


 優雅にお茶を飲んでいた彼女だが、その言葉で驚いてこちらを見てきた。


「何かあったのですか?」

「うん、この手紙に、その地の伝承や噂話で面白い事――特に魔法が関係していそうな現象やモノがあれば教えて欲しいとあったんだ。例の商人は面白い剣の話をしていたじゃないか」


 そういえば彼女も思い出したらしく、カップを置いて手を叩いた。


「そうですね、誰にも抜けない剣、でしたかしら」

「あまり詳しく話したそうではなかったから追及しなかったが、スローデン殿に足止めして貰って、あの男に連絡しておこうと思う」

「そうですね、それがいいと思います」


 商人には『錆びて抜けないのでお守りにしている』程度で濁されてしまったが、何か言い淀む感じからそれが魔剣である可能性は高いと思っていた。

 もとからその話自体は彼に次の手紙で伝えるつもりではあったのだが、すぐ彼が動けるように手を回しておいた方がいいだろう。なにせ彼がわざわざそんな事を伝えて来たのだ、彼が今欲しがっている情報を渡せた方が彼に対する貸しとしては大きくなる。

 もっとも、今のところはまだこちらの借りの方が大きいから、返す分にしかならないだろうが。


そろそろ1話に複数サイドの話を書かないと長くなり過ぎるので無理やり入れました。

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