66・情報屋として
午前中の娼婦街には人気がない。夜に賑わう場所であるからそこは当然といえば当然ではあるが。
ただ住宅街と違って、昼間のこの辺りの風景は決してのどかには見えない。明るい日の下であっても、ここへ普通の人間がやってくれば人気のなさに微妙な緊張感を感じる事だろう。娼婦街というのは西区程ではないがそれ以外の地区からすれば治安がよくないのは当然で、しかもここに限っては夜こそが表の顔で、昼間の方が裏の顔とも言える。夜は娼婦達が主役の街だが、昼はその後ろにいる裏世界の連中達が活動しているのだから。
――とはいえ、うちのボスがワラント様の跡を継いでからは平和になったと言えるけど。
カリンは部下のパーラを連れてワラントの館へと向かっていた。
カリンの立場的にはここを女2人で歩くのは不用心とも言えるのだが、この辺りは完全にセイネリアが仕切っているため、カリンに手をだそうとする馬鹿はまずいない。……というかいなくなった。少なくともこの周辺で活動しているような連中で、セイネリアを敵にまわそうなんて思える者は今はいない。
「おかえりなさいませ」
カリンが館につくと、見張りのディッタが丁寧にお辞儀をしてくる。彼女は割合最近冒険者から雇った人間だが真面目で古参からも評判がいい。
ねぎらいの言葉をかけて中に入り、かつてワラントが使っていた部屋へいけば、カリンがいない間を取り仕切っているマーゴットと、ひょろっとした男が座って待っていた。2人ともカリンに気づいてすぐ立ち上がったが、そのまま座るように言ってカリンは自分の席に座った。
「待たせて悪かったな、時間が勿体ないからさっさと用件に入ろう」
最近のカリンは、こうして部下達と話す時は男言葉を使うようにしていた。イメージとしてはレンファンのマネだが、上に立つ人間として下のものに丁寧過ぎる口調は良くないと言われたためだ。
「いやいや、全然っ待ってませんからっ。俺がねぇさんと旦那相手の時は出来るだけ早めに来るようにしてるだけですからっ」
この男はかつて盗賊団にいたが寝返ってセイネリアについた事で命拾いをし、以後は情報屋の仲介役として働いて貰っている者である。冒険者としては落ちぶれて盗賊にまでなった男だが、今ではそれなりにいい暮らしが出来るくらいの立場になった。……彼のかつての仲間達がどうなったかを考えれば、まさにこの男こそ『運が良かった』のだろうとカリンは思っている。
「早速用件だが、ボスからの伝言で、今後はその地の伝承や、不思議な現象等、些細な事でも何か変わった話があれば知らせて欲しいそうだ」
「伝承……ですか?」
「あぁ、その地その地でよくある――人が消えるとか、入ったら危険とされる場所とか、逆に神聖とされる場所とか、誰も見てないがすごい化け物がいるとか――そういう、不確定であっても周囲の人間は知ってるような話があれば持ってきてほしいそうだ。魔法が関係していそうなモノは特に」
男は首を傾げたが、それでも返事はすぐに了承を返す。
「はぁ、そりゃ了解しました、が……旦那もまた、随分扱う情報の範囲が広いですね」
「うちのボスは魔法使いとの繋がりがあるからな」
カリンのその答えは、男の疑問を晴らしたらしく、その顔に笑顔が湧く。
「あぁ、そういやそうでしたっけ。魔法使いにも顔が利くなら、本気で旦那を敵に回すのは貴族様を敵に回すより怖いって事ですね」
「少なくともこの界隈でボスに逆らう人間はいないだろうな」
「ですね。最近は旦那の名前を出すだけで話の進みが早くてこっちも楽ですよ」
「だろうな」
アルワナ大神殿から帰ってきてからのセイネリアは、カリンが見てすぐわかるくらいには持つ雰囲気が変わっていた。ずっと抱えていた彼としては気に入らない不確定要素がなくなったような、それは良い意味での変化だった。騎士団に入る前の雰囲気に戻った……というのとは少し違って前よりも更に達観したような感じはあるが、少なくとも最近の彼がずっと抱えていた苛立ちというか迷いはなくなったように見えた。
その彼がカリンに指示として情報屋の方に伝えて欲しいと言ったのが、今回こちらの男に話した件だった。伝承や不思議な噂、特に魔法が関係しそうな事に関して、馬鹿馬鹿しいと思うような突拍子がない話でも、とりあえず収集してもってこいという内容だ。
セイネリアが何を調べようとしているのかは分からないが、主の命令であるならカリンは最大限、自分の打てる手を打つつもりだった。こちらの娼館側の人間には今ごろパーラが説明している筈であるし、この後はボーセリングの館に話しに行くつもりであった。
とにかく、主に何か良い事があったのであれば、カリンはそれだけで嬉しかった。
カリンサイドのお話でした。