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黒の主  作者: 沙々音 凛
第二十章:決断の章
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65・それは良かった

 午前中の傭兵団は外の訓練場はそれなりに賑やかだが、建物の中は基本静かだ。特にこの階には一般団員達の部屋はないから、雑音は外からしか入ってこない。

 ……と思っていたら廊下から近づいてくる足音がして、サーフェスはお茶の入ったカップを机に置いた。


「ホーリー、お客様らしい。しかもこの団で怖い人1、2番の2人だ。悪いけど作業中のそれは向こうの部屋にもっていってくれる?」


 言えば薬草の仕分け作業中だったホーリーはそれを敷いてある布ごと丸め出した。


――さて、何の用やら。


 離れていても魔力を見れば大体誰かなんてわかる。マスター一人がやってくるのは珍しくないが、クリムゾンを連れてくるのはちょっと珍しい。

 そうして待っていれば、部屋にノックが響いてすぐにドアが開かれた。

 ちなみに、サーフェスが医者としての仕事を開始した時点でこの治療室に鍵をする事はやめて、誰でもノックをすれば許可を待たずに入っていい事になっていた。セイネリアの立場なら別にそれを守らず開けても文句を言う気はないが、こういうところはきちんと守るあたりが面白い男だと思う。


「マスター、いかにもここに来たがりそうにないのを連れてきてなんの用件かな?」


 てっきりクリムゾンが怪我でもしたから連れてきたのかと思ったのだが、見た感じそうは見えない。赤い髪の男はここにいるのが不本意そうな顔はしていたが、セイネリアが一緒だからか特に文句は言わず大人しくはしている。


「一応こいつの体調を見てやってくれるか?」

「怪我でもしたの?」

「いや、昨夜、こいつと南の森で野宿して帰ってきたところなんだが……」


 と、それだけでサーフェスはぶっと吹き出した。


「この時期に野宿って、何やってんのさ」

「まぁそれで帰ってきたらカリンが騒いでな、体調に問題がないかみてもらってこいと言われたという訳だ」


 確かにこの時期では主が夜に帰ってこなかっただけで心配しただろう――この男が帰ってきた時の彼女の狼狽ぶりが分かるだけにサーフェスとしても呆れるしかない。


「まぁそりゃね、いくら今年はまだこの辺に雪が降ってないっていっても、普通は野宿するような時期じゃないでしょ。そもそも南の森なら無理してでも帰ってくれば良かったと思うけどね」


 セイネリアが無理やりクリムゾンを患者用のベッドに座らせたから、サーフェスも準備を始めた。


「そういう訳で、こいつを一応診てくれるか」

「あんたは診なくて大丈夫なの?」

「それを俺に聞くか?」


 魔法使い的な見方をすれば怪我や病気、寿命に至るまで、体の問題は魔力があればどうにかなるというのが常識である。そう考えれば黒の剣の主なんて馬鹿みたいな魔力の塊と繋がっているこの男なら、真冬の雪の中で野宿をしたと言っても大丈夫だと思える。


「……はいはい、こっちだけ診ればいいって訳ね」

「そうだ」

「ならなんであんたまで一緒にここに来たのさ」

「俺が一緒じゃないと、こいつが大人しくお前に体を診させないだろ」


 言われてベッドに座っている赤い髪の剣士を思わずみてしまう。向こうも向こうでこちらを睨んできたが、大人しく座ったままではいる。その理由はやはり、セイネリアがいるからだろう。


「まぁ……そうだね」


 手に小型のランプを持って、サーフェスはクリムゾンの前に立った。


「んじゃとりあえず口開けてもらえる。喉見るから……ま、大丈夫、かな。寒気とか、怠いとかはない?」

「ない」

「この寒空で野宿とかって、今まで経験ある?」

「昔はよくやっていた」


 セイネリアはその間、ベッドから離れて別の椅子に座っていたから、サーフェスはそちらを見て言った。


「多分大丈夫じゃないかな、慣れてるみたいだし。まぁ今晩は暖かくしてよく寝る事。……勿論どこか調子を崩したらすぐきてくれればまた診るよ」

「だそうだ、良かったな」


 こちらの言葉を受けて黒い男が赤い男を見れば、この団で2番目に怖い赤い髪の男は表情を僅かに柔らかくする。まだ団では新参者になるサーフェスだが、クリムゾンが少々病的なくらいセイネリアを崇拝していて彼の言う事ならなんでもきく、という事くらいは分かっていた。


「邪魔したな」


 それでセイネリアが立ち上がれば、クリムゾンもすぐ立ち上がった。


「てかマスター、本当にこの人連れてくるだけのために来たんだ」

「そうだな。あとはどんな風に診るのかもみてみたかった、くらいだ」

「ふうん」


 そこで隣の部屋からホーリーが帰ってくる。彼女はマスターにお辞儀をしてにこりと微笑むと、これからどうする? と言うようにこちらをみてきた。


「そうだね、丁度いいからお茶にしようか。お茶の準備をしてくれる?」


 ホーリーはにこにこ笑ってお湯の準備を始めた。

 黒い男は彼女が入ってきてからその様子を見ていたが、特に何か言ってくる事はなかったから逆に聞いてみた。


「彼女に何か?」


 すると黒い男は自嘲気味に軽く笑って、それから一言。


「随分楽しそうに笑うんだな」


 それは彼女の事か、それとも自分に対してなのか。まぁこの場合は彼女なんだろうけど、と思いつつサーフェスは満面の笑みで彼に言った。


「そりゃ、僕もホーリーも今とても幸せだからね。マスターには感謝してるよ」


 彼は軽く笑ってこちらに背を向け、そのまま片手だけ上げてみせると部屋を出て行ってしまった。

 ただ最後、部屋を出る直前に彼はこう言っていた。


「それは良かった。ではな、ドクター」


 その声が割合軽かったから、サーフェスは苦笑しつつ彼に手を振ってみせた。見えないだろうけど。


――向こうも何かあった、かな?


 ホーリーの件を相談するためあった時、彼の様子は少し前とは違っていた。前のような余裕がなくなったというか遊びがないというか……微妙な違和感があったのだが、今日の彼はあまりそれを感じなかった。割合樹海の仕事の時の彼に近い感じで、その時よりも落ち着いたくらいの感じに見えた。

 別に何があったか聞く気はないが、ともかく彼が精神的に安定したというならそれは良い事に違いない。なにせこの団は彼がいないと成り立たないし、黒の剣の主である彼に何があったらそれこそどんな災害が起こるか分からないのだから。


てことで帰ってきてすぐの話はサーフェス。

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