64・貴方のため
空の色から青味が抜けて明るさが落ちだした頃、いなくなった時と同じ場所に2人の人影が現れた。
それが誰かなんて事は考える必要もなかったから、クリムゾンはその場ですぐにその人影に向けて跪いた。
「本当に待っていたのか」
呆れたように言ってはいるが、自分がここにいるのは分かっていた、という口調でもある。それがクリムゾンとしては嬉しかった。
「野宿するつもりだったのか」
「はい」
水が入った鍋と小枝の山、更にその傍には夕飯用にとってきた獲物が置いてある。夜になってもここでこのまま待つつもりだった事はすぐ分かるだろう。
「準備を無駄にさせたな……いや」
言いかけて彼は顎を押さえた。それから少しだけ考える間があって、こちらに向かって歩いてくる。
「夕飯は俺の食う分もありそうか?」
「勿論です」
明らかにクリムゾンの声が喜色に弾んだ。
セイネリアは並べてある獲物の前にしゃがむと、自分の腰からナイフを抜いた。
「なら今日はこのまま野宿にしよう。どうせ今帰ってもつく頃には真っ暗だ」
「はい、ではすぐ食事の支度をします」
「俺はこっちの処理をしておく、お前は火おこしを頼む」
「はいっ」
クリムゾンとしては主が帰ってくるまでここで待つのは当たり前の事だったので長くかかってもいいように野宿の準備をしていたが、早く帰ってきて準備が無駄になるのも当然想定内だ。だから別に無駄になっても問題はなかったのだが……主と共に野宿となったのは想定外の幸運だった。
「あんたも付き合うか?」
ただ魔法使いにセイネリアがそう声を掛けたのには反射的にクリムゾンは不機嫌になる訳だが。
「いや、疲れたし上への報告もあるからな、さっさと帰るさ。全部終わったら、また声を掛ける」
「分かった」
魔法使いはそれですぐに暗闇の中に姿を消した。クリムゾンとしては正直安堵するところだ。
ただそこでなぜかセイネリアが笑いながら言ってきた。
「……お前は魔法使いが嫌いか?」
「はい」
「そうか、分かり易いな」
「貴方も嫌いだったのでは?」
「そうだ。だが嫌いだからといって協力しない訳ではない。お前も、いくら嫌いな相手だったとしても話だけは聞いておくようにしたほうがいい」
「分かりました」
正直なところクリムゾンは嫌いな相手は無視するか排除するかのどちらかだった。それを分かっていて言われたのだろう。勿論セイネリアに言われたのなら今後は話だけは聞いて判断しようとは思っている、それにそういうところがこの男の優れているところだとクリムゾンは認めていた。
「……本当にお前は、俺の言う事だと聞くんだな」
「当然です」
「俺以外の人間の言う事は?」
「自分で判断します」
「俺の言う事は無条件で聞くのか?」
「当然です、貴方は俺より優れていますから」
「そうか」
現状、その認識で間違った事はなかった。クリムゾンが疑問に思った指示でも、最終的には正しかった事しかない。
「お前にとって他人は俺と俺以外で扱いが分けられる訳か」
それには少しだけ『何故今更』という疑問が沸く。
「当然です。貴方は私が初めて主と認めた方です」
クリムゾンはそこでまた彼に跪いてみせた。セイネリアの顔は笑ってはいなかったが、かといって機嫌をそこねたようにも見えなかった。
「俺以外はどうでもいいのか?」
「基本的にはそうですが、貴方の駒や味方は極力守ります」
「それは、俺のためだからか」
「そうです」
そこで少し呆れたように唇を歪めると、誰よりも強い男はナイフを持ち直して獲物を捌き始めた。
「分かった。そういう考えならお前はそのままでいい。ただ、今後は四六時中俺についてまわるのはやめてもらう」
言われた言葉はクリムゾンにとっては納得いかないものだったため、表情にそれが現れるのは仕方ない。それを気配で察したのか、主は作業を手を止めるとこちらをちらとだけ見て言った。
「そもそも俺に護衛はいらない。自分の身くらい自分で守れる。そして、お前は団の中で俺の次に強い、それがただ俺にくっついて雑用をしているだけでは折角の戦力を無駄にしている事になるだろ。団にいるからには能力に見合った仕事をしてもらいたい」
クリムゾンとしては常にセイネリアのための仕事をしていたいところであるが、そう言われたら了承するしかなかった。
「分かりました」
クリムゾンが答えるとセイネリアは軽く笑う。
「その分指示はちゃんと出す。それに今後俺自身が剣を振る機会は減る予定だ、俺の傍にいても暇なだけだぞ」
つまりそれは、自分が現場に出る事が減る分、その代わりの戦力としてクリムゾンが出ろという話なのだろうと理解した。そういう事であるなら不満がある筈はない。
「分かりました。貴方の代わりに現場での戦力として働きます」
「そうしてくれ」
そこでセイネリアは黙ってしまったから、クリムゾンも火おこしの作業をする事にした。彼とはまだ話したい事はあったが、今急いで話す必要はない。なにせ今日は彼と共にいられるのだからいくらでも後で話す事が出来る。
クリムゾンは自分が気分的に浮かれているのを感じていた。ずっと他人は敵か駒としか見てこなかったクリムゾンとしては、こういう感覚を彼以外には感じた事がなかった。だからある意味、この男の傍にいて、この男に従って喜びを感じるその感覚自体を楽しんでいるところもあった。
とりあえずお迎えクリムゾンで1話。次回は別のキャラ。