62・嫌いな相手2
「王に裏切られた俺にとっては、もう大切な者は彼しか残っていなかった。だから王への復讐を果たした後は、彼の望みを叶えてやる事だけが俺の望みだった」
ギネルセラはどこかうっとりとした目でそう語る。
確かに騎士は望み通り選んだ人間に自分の技能を渡せた。自我を失った状態での騎士はセイネリアがその技を使う事を喜んではいた。
だが王を裏切り、自らの望みを取った自分をあれだけ責めていた騎士の事を考えると、それが本当に彼のためになったのかと言えるかは疑問だ。
「あぁそうだ。王に復讐し、彼の願いを叶える一番いい方法だと思ったのに……彼は苦しんだだけだった。それが、悲しかった。俺は彼を喜ばせてやりたかったんだ」
成程、だから彼を喜ばせた礼、となる訳だとセイネリアはそこで納得する。ただそれを今、このタイミングで出て来て話しているのは、どうせ教えてやっても直後にその記憶が消されるという前提があるからだろう。まったく、本当に魔法使いらしい性格の悪さじゃないかとセイネリアは思う。直感として、この男はセイネリアの嫌いなタイプだ。
「……そこは同感だ、俺もお前のような人間は嫌いだ」
「だから嫌がらせにこのタイミングでわざわざ事実を教えに出てきたのか」
「そうだな、嫌がらせ半分、だがお前に礼をする気があるのは本当だ」
魔力のある自分こそが認められるべきだ、なんていう目的のためにあれだけの執念を懸けた男であるのだから、確かにこの手のおかしい人間だという方が納得できる。騎士から見たギネルセラが割合善人のように見えたのは、ギネルセラにとって騎士が大切な存在だったから好意的な態度を取っていただけだろう。
多分ギネルセラは、自分の大切なモノ以外はどうでもいい、という人間だ。
「そうだ、分かってるじゃないか。それに、お前もそうなんだろう?」
「そうだな。それで間違ってはいない」
魔法使いはククっと喉を鳴らす。
セイネリアも笑った。
「狂ったと思われていた大魔法使い様は実は正気のまま外を観察していた、か……だが別にそれ自体は大した種明かしでもないな」
想定外という程の話でもない。どちらかというとギネルセラがこの手の人間だったという方が想定外だったくらいだ。
「確かに、お前は俺に正気が残っているのではないかと疑っていた」
「でないとおかしい点が多かった。別に種明かしをして貰わなくても、状況だけでそこまで予想はついたぞ。だからこそあんたも出て来たんじゃないか?」
「お前が全く気づいていなかったならわざわざ出てこなかったのは確かだ」
気づけない程の馬鹿なら教える気はない、というところか。本当に性格の悪い男だとは思うが『魔法使いらしい』の一言で現すのではなくセイネリアとしても納得できるところが更に気に入らない。
「……結局、剣の力が行った事は全部あんたの仕業か。騎士が俺を剣の主と決めたあと俺に話しかけてきたのも、騎士の過去を夢にして俺にみせたのも、そして騎士の願い通り俺を不老不死にしたのもあんたがやったのか?」
それには少しかったるそうに魔法使いギネルセラは肩を竦めてみせた。
「残念ながら最後だけは俺が直接行った事ではない。俺は剣に込められた力をコントロールするための出入り口の役目をしているが、剣の魔力をすべてを抑えきれている訳ではない。剣の力は常に外へと溢れていて彼もその流れの中にいる、不老不死はその魔力が彼の長い間の願いをお前に対して実現させたものだ。……もっとも、彼の願いを叶えてやりたいと俺が思っていたからそのせいである可能性もないとは言い切れないが。あぁ勿論、剣の主となったお前にも剣の力は流れている。お前が剣を振った事で放出される魔力がその溢れた分だ」
つまり、セイネリアの不老不死に関しては騎士の予想通りでいいのか。という事なら、ギネルセラであってもセイネリアの体をもとに戻す事は出来ないという事になる。
「その通りだ、俺ではそれをどうも出来ない」
正直、まったく落胆しなかったといえば嘘になるが、それでも彼に言えば元に戻してもらえるなんて甘い期待は持っていなかったから動揺はない。どうせもしそれが可能だったとしても、この魔法使いははセイネリアの願いなど聞き入れないという確信があった。
「よくわかっているじゃないか。その通りだ」
ギネルセラはまた、ククっと楽しそうに笑ってみせる。本当にムカつく男ではあるが、怒って文句を言っても無駄な事は分かっているから感情的には冷めている。
ただ、楽しそうに笑っていた男は、暫くすると台から立ち上がってこちらに向かって歩いてきた。ムカつく笑みを浮かべたままやってきた魔法使いは、セイネリアの目の前にくると顔を上げてこちらの顔を覗き込んでくる。
その顔からはムカつく笑みが消えていた。
そうして一言、彼は言った。
「だから、お前がどうにかしてみせろ」
次回でアルワナ神殿の話は終わる予定。