61・嫌いな相手1
「あぁそうだ。俺は正確に言うと狂ったのではない、怒りと憎しみの感情を切り離して置いて来たんだ」
魔法使いギネルセラは少し面倒そうにそう言うと歩き出した。こちらの姿は騎士と違って老人の姿で声と違和感はない。おそらくは死んだ時点の姿なのだろう。
「置いてきた? つまり怒りと憎しみの部分だけを騎士と同じ場所に置いて、自我があるあんたは別の場所にいた、という事か?」
「その通りだが……ふむ」
軽く考え込むようにして、ギネルセラは足を止めた。それから空いていた台に腰かけると、こちらを馬鹿にしたような目で見て来た。
「お前は空間系魔法でどこからでも開けられる倉庫というのを使った事があるだろう? あれはお前が存在する空間と重なっている別空間に倉庫の場所を確保している訳だが、その別空間は距離の概念がほぼない空間なんだ、だからどこからでも開けられる。転送も同じ理論で、距離の概念がない空間に一旦行ってから行先の目的地へと出るという仕組みだ」
セイネリアは魔法の倉庫の話についてアリエラが言っていた事を考えてみる。確か束ねた紙を例にして、重なった空間で遠い場所にある空間は時間や距離の感覚がこちらとは大きく違うという話をしていた。
「そうだ。遠い空間程、時間や距離等……違いは大きくなる」
それを聞けば、今のこの状況も大体理解出来る。
「つまり今、他の連中がほぼ止まったように見えるのは、時間の感覚が違う場所から見ているから、という事か?」
「そうだ、理解が早くて助かる」
「で、憎しみと怒りの感情を切り離したあんたはこの違う空間にいた、と?」
「ほぼその理解であっている。ただし、同じ空間にずっととどまっていた訳ではなく、必要によって別の空間へ移動していたがな」
とはいえ『ギネルセラは黒の剣の中に閉じ込められている』事が前提なら、そんなに自由に移動出来るものなのか――セイネリアが疑問を持てば、こちらが言うより早く本人が答えてくる。
「勿論、剣に繋がれているから剣の存在がない遠い空間へはいけない。だから時間以外は殆ど元の空間と同じ、時間の感覚だけが違う空間を行き来していた。今はお前と話すために元の空間より時間の流れが早いところへ来ているが、なんの変化もない間は逆に元より時間の流れが遅い場所にいたりもした」
こうして考えるだけで向こうに伝わるという事は、確かに騎士と同じくギネルセラも自分の中にいる……こいつの場合は剣を通して繋がっているという事なのだろう。
「あんたは別空間からこちらを観察していて、何もない時は時間を早送りをしているが、今回は介入するために時間を止めた……感覚としてはそんなところか」
「あぁ、本当にお前は理解が早くていいな。自分の常識から外れたものを否定する馬鹿だとまったく理解しようとしないからな」
やけに鼻につく話し方をするこの人物はセイネリアからすれば実に魔法使いらしい人間だと思えた。勿論、悪い意味で。
ただそこで立ち上がろうとしたセイネリアは、立ち上がってから自分の体も透けているのに気づいた。いや違う、下を見れば自分の体は座ったままで、そこから自分が抜け出てきたような感じだ。
「ここへはお前の体ごと呼び寄せたんじゃない。お前の意識だけを呼んだんだ、体ごとだといろいろ手間がかかるんだ」
「あんたがそんなに自由に空間を移動できるのも意識だけだからか」
「そうだ」
自分を見下ろす事になる日がくるとは思わなかったが、理屈としては分かるし、ここで騒いでも仕方ない。セイネリアは顔を上げると、大魔法使いギネルセラを見た。
「それで、わざわざ俺をあんたと同じ場所に呼びつけた意図はなんだ?」
今まで隠し通してきたのにこんな場面で唐突に出て来たのだ、理由がない筈はない。
「……意図という程の理由はない。礼代わりにお前にネタばらしと……おそらくお前が一番知りたかった事を教えてやろうと思っただけだ」
「礼代わり?」
「お前は彼のために動き、彼を喜ばせてくれただろう」
それにセイネリアは一瞬、訳がわからなくて思考が停止した。本当に一瞬の事ではあるが……そこでギネルセラが騎士を守っている、という最高司祭の言葉を思い出し、頭の中で今の発言と繋がった。
ここからギネルセラの答え合わせ。