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黒の主  作者: 沙々音 凛
第二十章:決断の章
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57・王の記憶

 やさ男、という言葉が似あう男は、セイネリアを見ると無邪気とも言える顔で手を振ってきた。それに呆れはしたがこの男は深刻そうな時も割合ゆるい雰囲気の人間だったと思い出した。


「魔法使いとの話は終わったのか?」


 聞いてみれば、えぇ、と簡潔に返してくる。それから何か言いたそうな顔をして立ち止まったから待ってみれば、彼は上目遣いで言い辛そうに口を開いた。


「貴方の中の方に……その、伝えたい事があるんですが」


 ケサランは彼にどこまで話したのか――そうは思って返事を一瞬迷ったが、どうせこの後また記憶操作をするつもりだから気にする必要はないかと思い直す。


「何だ?」

「王の記憶です」


 セイネリアの中で騎士が動揺するのが分かった。


「王は貴方がわざと剣の主に選ばなかったことを分かっていました。そして死した後は貴方をずっと憎んでいました」


 分かっている――と騎士の声が響く。


「ただ王が貴方を憎んでいた理由は剣の主として選ばなかったことではないんですよ。王はずっと剣の中の貴方に尋ねていたんです、自分が間違っていたのかと。死んでも尚、剣を抱いて王はずっと貴方に問いかけていたのです。ですが貴方は一度も答えなかった、それが王の憎しみの理由です」


 騎士の後悔の想いを強く感じる。

 騎士の過去を見たセイネリアには分かっている、騎士は逃げたのだ。自分が選択した事で起こった事から目と耳を塞ぎただ後悔の殻に閉じこもった。そのせいで王の問いかけに答えなかった。


『そうだ。俺は逃げた』


 それだけを告げて彼は泣いた。後悔に押しつぶされて何も言えなくなった。まだ正気ではあるらしいが今の彼に何かを問うても無駄だろう。


「つまり、間違っていると騎士に叱ってほしかったのか、ガキか」


 だから感想としてセイネリアがそう吐き捨てれば、ラスハルカは困ったように肩を竦めた。


「王が不安になっていった原因の一つは、大陸を統べて至高の座についた途端、ギネルセラや騎士が前のように友人として接してこなくなったせいのようです。2人ともあくまで部下としてしか話しかけてこなくなって……寂しくて、いろいろ疑心暗鬼になったのかと」

「やはり、ガキだな」


 そこで冷静になったらしい騎士の声が聞こえた。


『子供っぽい……お方ではあったんだ』


 そこから騎士の王に関する記憶が流れてくる。野心的で、偏見に対して柔軟な頭を持っていた王は、確かに別の見方をすると子供っぽいとも取れた。

 王が大陸を統一したあと騎士が部下としてしか接しなくなったというのは、増えた他の配下へ向けて王の威厳を保つためだ。小国であった時ならまだしも、大陸を統べる王と部下が友達のように話していては下に示しがつかない。あとは当然、戦争をしなくなった段階で以前のように毎日3人で会議をして方針を決める必要はなくなった。勿論定期的に3人での会議はしていたが、それは騎士やギネルセラにとって現状報告程度のものだった。

 早い話、騎士やギネルセラは、大陸を統一するという目標を達成した段階で自分達の役目はほぼ終わった気になっていたという事だ。求められれば王に意見を言ったが、内政面は専門の連中がいるからとヘタに口を出さず、自分に与えられた地位の役目を果たす事が国や王のためだとしか考えていなかった。

 騎士とギネルセラの記憶は探せば断片的だが見る事が出来るから、そういうつもりだったというのは騎士の答えを待たずにも分かる。

 王はそれが寂しかった。信頼していた部下達から距離を取られて孤独を感じ、歪んで行った。もしかしたらギネルセラを疑ったのも、そうして見せればもっと必死にそれを否定するため2人が焦って弁明をしてくると思ったのかもしれない。疑うふりが、他の人間からの進言等で本気で疑うようになった――それはセイネリアのただの想像だが、大きく間違ってはいない気もしている。


「貴方は、寂しいとは思わないのですか?」


 そこでラスハルカが唐突にそんなことを聞いてきて、セイネリアは眉を寄せる。


「俺に対して言っているのか?」

「はい、セイネリア・クロッセス、貴方にです」


 セイネリアはふん、と鼻を鳴らすと彼に答えた。


「あいにくおれには、寂しい、という感覚が分からない」

「……そうですか」


 ラスハルカはそれにどこか悲しそうに笑った。


「ただ、俺の事を『寂しい人』だと言った人間はいたな」


 そうして彼は、いつかセイネリアが心を満たすものを見つけられる事を祈って去って行った。自分と違って、心から笑えて、他人のことをいつでも考えてしまう善人、なによりも大切なものがあるからこそセイネリアと行けないと言った狩人は今どうしているのか。


「貴方がその言葉の意味を分かった時、きっと貴方は欲しいものを見つけられるでしょう。ただ、今の貴方はおそらく分からない方がいいと思います」


 そんな予言めいた言葉を言う時は、この男はアルワナ神官らしい不気味な笑みを浮かべる。セイネリアは唇を皮肉に歪めると、彼の横を通り過ぎて神殿に向かった。


ここでちょっとラスハルカとの会話を入れました。

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